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〈続・歴史×状況×言葉・朝鮮植民地支配と日本文学 69〉山代巴

2024年08月13日 08:57 寄稿

被害の物語か、加害をきよめる文学か

〈ヒロシマ〉といえば/〈ああ ヒロシマ〉と/やさしくかえってくるためには/捨てた筈の武器を ほんとうに/捨てねばならない/異国の基地を撤去せねばならない(……)〈ヒロシマ〉といえば/〈ああ ヒロシマ〉と/やさしいこたえがかえって来るためには/わたしたちは/わたしたちの汚れた手を/きよめねばならない

(栗原貞子「ヒロシマというとき」1972年)

毎年8月6日・9日には「唯一の被爆国」としての被害の語りが日本中を覆う一方で、おしなべて自らの侵略と戦争責任、加害の事実は想起されない。さらに今年広島での「慰霊の日」に、岸田首相は犠牲者哀悼と平和をのたまうその同じ舌で、米国による「核の傘」提供、核共有までを含む核の拡大抑止強化を述べた。被害者意識は、戦争、核による加害者になることをも正当化するに至っている。

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