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〈本の紹介〉なぜヒトだけが老いるのか/小林武彦著

2024年07月29日 11:35 文化・歴史

社会性が獲得した長い老後

講談社出版。本体900円(税別)

ヒト以外の生き物は、子孫を残すための繁殖行動が終わると同時に死んでゆく。産卵直後に死ぬサケ、老いずに死ぬゾウ、死ぬまで子が産めるチンパンジーをはじめ、老化期間は短いか、ほとんどなく、老化と死がほぼ同時に訪れる。死ぬ間際まで普段通りの活動をしているわけだ。著者はこれを「ピンピンコロリ」と表現する。

一方ヒトには、死の前に「老いの期間(老後)」があり、30-40年と非常に長い。

しわが増え、動きが緩慢になり、物忘れがひどくなる――「ピンピンコロリ」とは真逆に、「ヨボヨボダラダラ」と死んでいく。自然界ではとても珍しい現象だ。

生物学者で、細胞の老化を研究している著者は、本来の生物学的なヒトの寿命は55歳くらいだと推定。しかし実際には、それよりも30年ほども長く生きている。

一体なぜか。

生殖年齢を超えたおばあちゃんが子育てや教育を手伝うのはヒト以外の動物には見られない行動で、若い世代がより多くの子どもを産み育てることができた。また、豊富な経験と知見をもつリーダーの存在に集団の存続がかかっていた太古の世界において、長い人生経験をもつリーダーが活躍する集団が繁栄した。つまり、繁殖要員だけではなく、一定数のシニアがいることが有利だった。

進化には目的はなく、遺伝情報の「変化」と環境に「選択」された結果である。「老い」に耐えられる遺伝子を持ったヒトが選択され、生き延びてきた。

著者は、「ヒトは社会性の動物だ。集団生活に適応した、他者と協力できる裸のサルだけが選択された」としながら、「人と人との絆をつなぐ共感力、他者を思いやる利他的で公共的な精神という機能のおかげで、ヒトだけが老いることを許され、長い寿命を手に入れることができた」と指摘する。

超高齢化社会の日本で、シニアを社会のお荷物と見なす風潮がなくもない。

本書は、ヒトの生物学的な進化の過程を説明しながら、シニアの存在がとても大切だということ、現代においてもシニアの役割は重要だということを説いている。「老い」を前向きに捉えられる一冊。 (姜)

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