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〈朝大専門家の深読み経済11〉現在の円相場をどう見るか(下)/卞栄成

2024年06月28日 15:46 寄稿

2005年に発足した在日本朝鮮社会科学者協会(社協)朝鮮大学校支部・経済経営研究部会は、十数年にわたって定期的に研究会を開いています。本欄では、研究会メンバーが報告した内容を中心に、日本経済や世界経済をめぐる諸問題について分析します。金融論を専攻する朝鮮大学校の卞栄成教授が、現在の円相場について(全2回)解説します。

金融政策と円相場

前回は経常収支と円相場について述べたが、今回は金融政策と円相場について考えてみたい。

円安の背景には、貿易赤字や再投資収益の増加という円需給要因のほかに、日米欧の金融政策の違いによる内外金利差(日本の金利よりも欧米の金利が高い)がある。現在、日本の政策金利は0~0.1%、米国は5.25~5.5%となっている。

長期にわたる日本銀行(以下、日銀と表記)の量的・質的金融緩和により日本の低金利状態が続いてきた。このような状況下において、2022年以降、米連邦準備制度理事会(FRB)や欧州中央銀行(ECB)がインフレを抑えるために金利を引き上げた。そうなると当然、資金は金利の低いところから高いところへ流れる。例えば、日本の投資家が金利の高い米債券を購入する場合には、手持ちの円をドルに換えて購入するので円売りドル買いの動きが活発化し、円安ドル高になるというわけである。特に、金融自由化・国際化によって、資本移動が為替相場に対して大きな影響力を持つようになっている。ヘッジファンド等の投機集団によるキャリートレード(低金利で調達した円を高金利のドルに換えて資産運用)が活発化すると、円相場は下落する。

金融引締め政策に転じられない理由

次に、なぜ日銀が本格的な金融引締め政策に転じることができないのかが明らかにされなければならない。景気悪化を防止するという点だけでなく、日銀が国家債務負担の軽減を支援するという点に主な理由を求めることができる。

財務省「債務管理リポート2023」の試算によると、金利が1%上昇した場合、一般会計の国債費は22年度の24.3兆円から26年度には33.4兆円に増加する(金利が2%上昇すると37兆円に増加)。こうした影響を避けるために、これまで日銀は本格的な金融引締め政策に転じることができなかったのである。

【図表】をみると、民間銀行が最初に購入した新規国債を日銀が買い入れることで、最終的に日銀のバランスシート(別項参照)の資産側に国債が累積している。これを事実上の日銀引受けと言う。「財政法」において、日銀が新規国債を直接引き受けるのは原則として禁止されている。このような状況下において、事実上の日銀引受け(日銀による多額の国債買入れ)が常態化することによって、日銀引受けと同様の結果となっている。日銀資料によると、2024年3月末の日銀総資産は756兆4231億円に増加している(13年3月末の総資産は164兆8127億円)。要するに、13年4月から実施されてきた量的・質的金融緩和によって、日銀の独立性が低下したといえる(量的・質的金融緩和については、23年6月16日付・深読み経済3を参照していただきたい)。

バランスシートとは:右側に負債と純資産、左側に資産を記載する貸借対照表である。右側はどのように資金を調達しているのかを、左側は調達した資金をどのように運用しているのかをあらわしている。日銀や民間銀行のバランスシートを使うと、金融問題を正確に理解することができる。

マイナス金利政策の解除が意味するもの

次に、こうした状況下で解除されたマイナス金利政策について検討してみることにしよう。

日銀は、3月18日、19日の金融政策決定会合において賃金と物価の好循環を確認し、「長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)付き量的・質的金融緩和」及びマイナス金利政策を解除した。

具体的な内容をみると、政策金利を無担保コールレート(オーバーナイト物)に変更し、0~0.1%程度で誘導することを決定した(別項参照)。また、長期金利と短期金利を操作するイールドカーブ・コントロールを撤廃すること(=長期金利の直接的コントロールを行わないこと)、ETF(指数連動型上場投資信託)やJ-REIT(不動産投資信託)の新規買入れを停止することも決めた。さらに、6月13日、14日の会合において日銀は、7月の会合で今後1~2年程度の長期国債買入れの具体的な減額計画を発表することを決定した。要するに、普通の金融政策に戻したのである。

周知のように、2016年1月29日、日銀は日銀当座預金を三層構造(基礎残高、マクロ加算残高、政策金利残高)に分け、政策金利残高に-0.1%の金利を適用するマイナス金利政策を導入した。通常、金利がマイナスになることは理解し難いが、この場合、預金者(債権者)である民間銀行が日銀(債務者)に利子を支払うという内容である(債権者と債務者の立場が逆転)。マイナス金利は、日銀と民間銀行間に限定された金利であるが、金利がマイナスになること自体、日本経済の異常な事態をあらわしている。

マイナス金利政策の目的は、民間銀行の貸出を促そうとする点にあったが、日銀当座預金のなかで政策金利残高の占める割合が低いことから、そのコスト効果が疑問視されてきた。また、円安による物価高をもたらすなど、政策の問題点も目立っている。

24年4月の実質賃金は前年比25カ月連続マイナス(過去最長更新)となり、多くの人々が円安による物価高に苦しんでいる。23年の消費者物価指数(生鮮食品を除く)は、前年比3.1%上昇した(厚生労働省「毎月勤労統計調査」、総務省統計局資料)。マイナス金利政策の解除やイールドカーブ・コントロールの撤廃は、円安を通じた物価上昇圧力を緩和するために実施された側面があることを意味する。

3月会合で量的・質的金融緩和から普通の金融政策に戻り、6月会合で国債買入れ減額の開始時期を決めた。したがって、今後は政策金利が徐々に上がっていく枠組みであることを念頭に置いて、在日同胞企業の経営戦略や生活設計を立てることが大切である。日本経済の動向を俯瞰しながら、問題の本質を見抜く力が求められている。

(朝鮮大学校教授)

経済豆知識/無担保コールレート

コールとは「呼べば戻る」という意味で、コール市場は短期資金を調達・運用する銀行間市場である。無担保コール市場で初めてマイナス金利が成立したのは2003年である。

(朝鮮新報)

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