社会へ投げかける“差別の重み”/朝鮮半島ルーツへのヘイト投稿めぐる訴訟
2024年02月28日 15:12 権利露呈した日本の司法の限界
「在日特権というのは古典的なデマ。こうした言葉が、真実かのように巷を堂々と歩けてしまうのに差別を包括的に禁止する法律がない。差別が差別として認められるんだろうかと、こんなにも息がつまる思いで待たなければならない現状がある」
SNS上で在日朝鮮人2世の父と自身に対する差別的な投稿をされたとして、フォトジャーナリストの安田菜津紀さんが、投稿者の男性に195万円の損害賠償を求めた訴訟。1審判決を支持し、33万円の賠償を命じた東京高裁の判決後、都内で会見に臨んだ安田さんは、法整備の必要性を切実に訴えた。
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今回の控訴審で安田さん側は、1審での主張(①(投稿が)本邦外出身者がそのことを理由に差別され、地域社会から排除されない権利を侵害する不法行為、②本邦外出身者がその出身国等の属性に関して有する民族的アイデンティティを侵害する不法行為)に加えて、③ルーツへの攻撃が人権侵害および尊厳を傷つけるもので、④「差別されない権利」の侵害、⑤発信力やフォロワーの大小を問わず「全世界に向けて公開」された投稿は、さらなる差別を誘発する「差別扇動」だ―などと主張してきた。とりわけ、男性の投稿が、2016年に施行されたヘイトスピーチ解消法2条が定める「差別的言動」にあたるとして、身を削る思いで司法闘争を続け、ついにこの日、控訴審判決を迎えた。
しかしこれについての裁判所の判断は、今回の訴訟が損害賠償を求めるものであり、差別的言動解消法(ヘイトスピーチ解消法)は「いわゆる理念法であって直接の裁判規範性を有しない」「解釈指針としての検討対象にすぎない」との理由で、検討そのものを回避。同判決で深刻ともいえるのは、判決を下した裁判官はじめ日本の司法が、一般的な「侮辱」と「差別」の差異について結果的に認識の乏しさを露呈したことにある。
安田さん側は、控訴審において、「本邦外出身者は、個人の努力ではどうすることもできない、生まれながらの属性に基づき攻撃され差別されその尊厳を奪われる」ため、これらは、名誉感情侵害(侮辱)とは異なる人格権侵害として理解すべきだと主張した。しかし判決は、「(侮辱と差別の)両者の相違は、その精神的利益が個人の努力によって生み出されたものであるか否かにある」ため、安田さん側の主張は「独自の理論と言わざるを得ない」として、その理由に、侵害の程度が重い根拠がないことをあげた。
また属性に基づく差別を「個人の努力ではどうすることもできない」とした安田さん側の主張に対し、それと同様の扱いで「個人の容姿や親の資産状態」を比較例にあげ「これについての否定的言動は、個人の名誉感情を侵害し得る」と説明。さらには差別と侮辱を比較した場合、「一概に前者が後者より悪質で被害がより深刻だともいえない」とした。
「差別」の議論足りぬ現状
代理人の師岡康子弁護士は、今回、裁判所が比較対象として他の例を挙げたのは「『生まれながらのものに対する侮辱ってこれもありますよね』という形式的な話だ」とし、「属性に基づく差別は一般的には済まされないものだと裁判官たちは理解できなかったのでは」と語る。そして、その根底には社会的にマジョリティが差別を経験していないこと、またそれを教育の場で教えていないことが影響しているのでは、と同氏はいう。
本来、国際人権基準に照らせば「差別禁止法に抵触するから、この言動は違法」などと裁判所の判断が求められる事件も、禁止法がない日本では、裁判所がその判断をしなくてもいい現状があると師岡弁護士。一方で、日本が批准する人種差別撤廃条約は、締約国に対し、差別禁止法の制定だけでなく「禁止法がない現状では現行法を活用し、(現行法が)実質的に禁止法の役割を果たすべきだとしている」と指摘。これを前提にすれば「今回の事件も現行法を使って差別を認めることができたのに、裁判所はそれをしなかった」と苦言を呈した。
他方で昨年10月、横浜地裁川崎支部では「祖国に帰れ」という発言が解消法の定める「不当な差別的言動」であると認める判決が、また昨年12月には部落差別と関連し、部落の情報をアウティングする出版社に対して「差別されない利益の侵害」(東京高裁)だと認める判決が出るなど、各地で積み重ねられてきた事例も少なくないが、「日本社会で差別とは何かについてやはり議論が足りない」(神原元弁護士)。
安田さんは、会見の場で「判例を積み重ねるのはものすごく時間がかかるし、その時間をかけている間にも救われない被害がある」として、改めて包括的な差別禁止法の必要性を提起。「禁止法そして独立した人権救済機関がなければ、命が守れないと感じている」切に語った。
(韓賢珠、高晟州)