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〈ものがたりの中の女性たち74〉夫を待ち続け石になるー金氏夫人

2023年12月04日 08:00 寄稿

三母女像

あらすじ

忠臣朴堤上(パクチェサン)は、高句麗から帰国後すぐに日本で人質になっている新羅十七代王奈勿(ネムル)王の王弟未斯欣(ミサフン)救出のため、金氏夫人に黙って家を出る。金氏夫人は港まで追いかけていくが、夫は出発した後だった。心配の余り望德(マンドク)寺の南側の砂場で倒れて泣き叫んでいると、親族ふたりが夫人を助け起こそうとするが、脚を突っ張り立とうとしない。朴堤上の計略は成功し王弟を奪還、帰国させるが、彼は捕まり拷問の末に亡くなる。

奈勿王は金氏夫人を國大夫人(王室の女性以外の支配層の女性に与えられる最も高い称号)に封じる。夫人は夫の帰りを待ち続け、毎日長女阿奇(アギ)と三女阿慶(アギョン)を連れて海が見える鵄述(チスル)嶺に登る。王弟だけが帰国すると、夫人は夫の悲報を聞き慟哭の末に自刃、体は望夫石と化し、魂は鵄述鳥という鳥に変身し、夫が殺された日本の木島まで飛んで行き、その魂と共に新羅に帰国したという。

ある日、王の前に一羽の鳥が飛んでくると悲しげに鳴きながら、「木島の魂を迎え帰郷せしが誰にそれを伝えん」とくちばしで木の床に刻み飛んでいく。奇異に思った王が追いかけさせると、鵄述庵の側にある岩穴に入っていく。王は鳥が金氏夫人の魂であることに気づくと、その岩を隱乙巖(ウヌルアム)と名付けその上に靈神祠を建て祭祀を行い、後の人々は彼女を鵄述嶺神母と敬いお堂を建てて祀る。また彼女を悼み「鵄述嶺曲」を詠ったという。

第七十四話 望夫石説話

夫婦のイメージ

「望夫石説話」は夫の帰りを峠や山頂、崖で待つ妻が、再会叶わず死亡し、岩や石になる説話である。

人質になっている新羅の王弟を救うため日本に上陸、王弟は救出したものの捕まり服従を強要され、「私は鶏林の臣下である。鶏林の犬や豚になろうとも、日本の臣下にはならぬ」という有名な言葉を吐いたという新羅の忠臣朴提上(パクチェサン)。その妻金氏が鵄述(チスル)嶺で死亡し、「望夫石」になったという説話が最もよく知られる 「望夫石説話」であろう。

「望夫石説話」は全国多岐に渡り、説話にまつわる「望夫石」も山や峠、崖や海辺に存在し、その地方の名所になっていたりもする。自然が作り出した奇岩を「望夫石」と名付け、石碑を建て、妻の像を作り、公園を造営している地方もある。「望夫石説話」は何度も映画や舞台、詩歌の題材となり、そのものがたりは多くの人々を魅了してやまないようである。

岩や石に不変、不滅のイメージを持つ各地の人々は、そんな岩や石になっても夫を待ち続ける妻のものがたりを紡ぎ続ける。

「鵄述嶺望夫石説話」

鵄述嶺望夫石

朴提上の妻は死んで鵄(チ)という鳥になり、同じく死を選んだ娘二人は述(スル)という鳥になったという言い伝えがあり、彼女ら母子が「鵄述嶺神母」になり、地域の住民が祠を建て彼女たちを祭ったという記録もある。後に人工的に記念碑を建てたり、亡くなったとされる場所にあった自然の石や岩を祈念の対象に決めると、その地方の住民は「望夫石(記念碑や自然石)」に対するとき、立派な夫人を前にした時のような敬虔な気持ちになったり、尊敬の念を感じたりするようになるという。

「鵄述嶺望夫石説話」の金氏夫人が死後鳥になるという部分は、日本に行ったきり消息を絶っている夫を待つ妻の心情の投影であり、鳥になり海を越え現実の困難を乗り越えようとする意志に他ならない。もし生きて再会できないなら、死をもって実現しようとする、死を超越した妻の愛情が表現される。同じく父に会うために娘もこの世のものではない鳥になろうというのだ。説話では、人々の祈念の対象としては「望夫石」、死んでも会いたいという意思は「鳥」、人々の夫人に対する尊敬と信仰心は「山神」として表現されている。

様々な「望夫石」

ミュージカルポスター

全羅道の「井邑詞(チョンウプサ)公園」にある「望夫石」は、出稼ぎに出た夫を待ち続けた妻を記念した石があり、そのものがたりにまつわる歌も伝わる。また慶尚道の「望夫山鳶伝説」も「鵄述嶺望夫石説話」とよく似た説話であるが、夫の帰りを一緒に待つのは娘ではなく犬と馬である。

西海沿岸の「落花巖(ラククァアム)傳說」では夫が漁師、あるいは中国に外交団として赴くも帰らず、妻が崖から身を投げ「望夫石」になる。

流れる時代の中で、ある女性の悲劇的な愛情表現を、後世の人々が祈念するという「望夫石説話」。その「祈念の場」にはしばしば歌碑が建てられたり、妻の立像があったりする。まるで「望夫石」が、何か宗教的なモニュメントのようにも見える。

朝鮮王朝時代前期の思想家。儒学者、政治家、教育者、詩人であり、慶尚道咸陽郡守職を務めた金宗直(キムジョンジク)(1431~1492)は、「鵄述嶺望夫石」という漢詩を残している。

 

鵄述嶺の頂で日本を望むと

海と空が果てしなく交わる

あの人はただ手を振り

生死さえわからず便りは途絶えた

消息は分からず永の別れでも

生死によらず また逢える日は来る

天を仰ぎ泣き叫び 石と化した

烈気は千年 虚空に碧い

(審述嶺頭望日本、粘天鯨海無涯岸、良人去時但搖手、 生歟死歟音耗斷、口音耗斷長別離、死生寧有相見時、呼天便化武昌石、烈氣千年干空碧)

(朴珣愛、朝鮮古典文学・伝統文化研究者)

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