〈本の紹介〉ヘイトクライムとは何か―連鎖する民族差別犯罪/鵜塚健、後藤由耶著
2023年10月14日 08:30 社会差別犯罪の先にあるものは
在日朝鮮人を狙った2件の放火事件をはじめとする差別犯罪とその社会背景を探り、関東大震災時の朝鮮人虐殺から現代のヘイトスピーチまで、民族差別の歴史から差別の構造を解き明かすルポ。ウトロ放火事件への本格的な現場取材を行う鵜塚健氏と、各地でヘイトスピーチ、ヘイトクライムに関する取材を続けてきた後藤由耶氏が共に執筆した。
本書は、2021年に在日朝鮮人部落の京都・ウトロ地域で起こった放火事件を「ヘイトクライムの転換点」と位置づけ、この放火事件が現代の社会を象徴していると考える。日本社会の枠組みを変容させる政治、軍事的な「動き」が相次ぐ中で深刻化するヘイトクライムは、決して特異な個人の犯罪ではなく、「変化する社会を凝縮した自画像のようなもの」だと社会との関連性を指摘する。
本書が警鐘を鳴らす今日のヘイトクライムの危険性において、とりわけ見逃してはならないのが、差別犯罪が過激化、短絡化しているということだ。たとえば、ウトロ放火事件とそれに連鎖するように翌年に発生した大阪・コリア国際学園の放火事件。差別をベースにした事件はこれまでも繰り返されてきたが、単独で実行され、短期間で過激な行為に手を染めるという形態が目立っているのを見ると、差別犯罪のフェーズが確実に変わっていることがわかる。
また、本書で重要な概念として紹介している「憎悪のピラミッド」も注目すべき内容だ。ピラミッドは、①偏見による態度、②偏見による行為、③差別行為、④暴力行為、⑤ジェノサイドの順で積み上がる。著者は、これらを「どれも突発的に発生するものではない」とし、関東大震災時の朝鮮人虐殺をはじめとするジェノサイドの前段階には、野放しにされたヘイトクライム、ヘイトスピーチがあり、その背景には日常に隠れる差別、偏見、先入観があるとその危険性を訴える。すなわち、差別犯罪の先にはジェノサイドが待ち受けているということだ。
在日朝鮮人へのヘイトクライム、ヘイトスピーチがジェノサイドへ…。関東大震災時朝鮮人虐殺から100年を迎えた今年9月に上梓された本書は、100年前の悪夢が再び起こらない保証はどこにもないという危機感をも感じさせる。
(鈴)