〈本の紹介〉ワクチン開発と戦争犯罪‐インドネシア破傷風事件の真相‐ 倉沢愛子・松村高夫
2023年09月10日 23:08 社会日本のコロナ対策にも連なる歴史
コロナ禍の中で、カミュの「ペスト」を再読した人もいるだろう。「194X年」にアルジェリアで生じたペスト感染を描いた小説だ。その同じ年代に、石井四郎が率いる日本の731部隊は中国各地で「ペスト感染ノミ」という細菌兵器を散布していた。
本書は、広く知られていないもう一つの罪科を告発している。日本軍占領下のインドネシアで破傷風ワクチン開発によって起きた集団感染・死亡事件の真相を731部隊の国際的ネットワークと関連付けて解き明かした。
731部隊というと、まず細菌戦を思い浮かべるが、その正式名称は「関東軍防疫給水部」だ。「防疫」、すなわちワクチン開発も活動の柱であり、殺人部隊にとって細菌戦とワクチン開発はコインの裏表であった。
本書は、中国におけるペスト流行にも言及している。発端は「感染ノミ」の散布だ。ところがペスト流行の原因をつくった731部隊が「ペスト防疫隊」という仮面をまとい現地入りし、ワクチン接種を行った。目的は「ペスト終息」ではなく、感染者のデータをとり標本を持ち帰ること。「防疫」は、より「効果的」な細菌戦を準備するために行われたのだ。
本書の筆者は731部隊のワクチンを「軍の、軍による、軍のためのワクチン」と呼ぶ。その歴史は今とつながっている。
日本の敗戦後、731部隊の幹部は、米国に細菌兵器製造と細菌戦のノウハウを提供するのと引き換えに戦犯免責を得て医学会に復権した。例えば、GHQは戦後日本のワクチン関連資料を引き続き入手するために国立予防衛生研究所を新設し、所長に731部隊の医師を送り込んだ。コロナ禍に関するニュースで幾度も耳にした国立感染症研究所の前身だ。
日本のコロナ感染症対策はPCR検査の抑制とそれによる感染者に関するデータの独占、国際的視野に立たない国内ワクチンの開発などが非難された。その原因と背景は何なのか。
戦後日本のワクチン政策には「民のため」ではなく、「軍の、軍による、軍のためのワクチン」という特質が刻印された。本書における著者の主張には説得力がある。(永)