〈関東大震災朝鮮人虐殺100年〉千葉・八千代で慰霊祭
2023年09月10日 15:54 歴史究明のための行動を共に
千葉県八千代市の高津山観音寺で9日、関東大震災100周年慰霊祭が行われた。100年前の大震災時に虐殺された朝鮮人犠牲者を弔う目的で行われた同慰霊祭を、千葉県における関東大震災朝鮮人犠牲者追悼調査実行委員会(以下、実行委)、高津区特別委員会、同寺が共催した。当日は、約140人の同胞や日本市民らが集まった。
慰霊祭に先立ち、寺の本堂では、実行委のメンバーによる学習会が行われ、船橋や習志野など県内の虐殺の歴史、慰霊祭の開催経緯とその意義などについて解説した。
実行委の小薗崇明さん(公益財団法人政治経済研究所研究員)は、自身が大学の教員時代、学生たちと共に行った実態調査に基づき、下総地域には虐殺に関する記念碑、とりわけ戦後に建立された碑が多いと説明。そのうえで「そもそも下総は当時、地震の被害がほとんどない。つまり、よく言われるような震災による混乱のない地域で、虐殺があったわけだ」と、その意味を考える必要性を説いた。
また学習会の最後に、慰霊祭が虐殺を想起する「記憶の場であり、ただ漠然と手を合わせるのではなく、どのような時代・社会状況で朝鮮人が殺されたのかを考える場にできれば」と話した。
その後、同寺の境内にある「関東大震災朝鮮人犠牲者慰霊の碑」の前で、慰霊祭が行われた。99年に建立されたこの碑の下には、その前年に発掘された朝鮮人犠牲者6人の遺骨が納められている。境内にはまた、南朝鮮から資材を運び建立した鐘撞堂「普化鐘楼」、「慰霊詩塔」もある。
はじめに、高津区特別委員会代表の岩井克夫さんが開式梵鐘を鳴らし、参列者らが犠牲者を偲び、黙とうした。
実行委代表の吉川清さんは、あいさつで「『世界の防災史上最悪』とされた関東大震災時の虐殺について、日本政府はいまだにその真相を明らかにせず、謝罪の意も表していない」と指摘しながら、「実行委の発足から45年、事務局は若返り、かれらに期待している」として、今後実行委の取り組みを歴史の記録として残し、また真相究明も地道に続けていくとした。
続いて、来賓あいさつとして、専修大教授の田中正敬さんが発言した。
田中さんは「高津の地で、軍隊の命令により6人の朝鮮人が殺されたのは、根拠をもつ事実だ。政府は記録が見つからないなどと自らが直接手を下した虐殺について認定していない。しかし政府以外、私たちは皆、記録があることを知っている。否定しようがない」と述べ、「100年を迎えた今、改めて政府が果たすべき責任を問いかけ、事実を明らかにするために力を尽くしたい」と話した。
その後、献花、読経が行われ、最後に参加者全員が焼香した。
慰霊祭が終わった後、参列者たちは、虐殺された朝鮮人犠牲者3人の遺骨が納められている萱田山長福寺の「至心供養塔」のほか、地元住民らが虐殺犠牲者の追悼と供養のために建てた中台墓地「無縁供養塔」、大和田新田「無縁仏の墓」への巡拝供養を行った。
参列者の声
朴正植さんは(84)はこの日、居住支部の同胞たちと慰霊祭に参加した。
朴さんは「関東大震災100年に際し、日本の世論が関心を持ち、マスコミもこぞって報道しているが、これを機に、わたしたち同胞も、歴史の風化を止めるためにはどう行動すべきかを真剣に考える必要がある」と語った。また同氏は「八千代は日本の人々が尽力し、真相調査が大きく進んだ地だ。こうした人々と共に考え、究明のための声をあげることで、住みよい地域をつくっていかねば」と付け加えた。
当時の朝鮮人虐殺を目撃した文戊仙さん(故人)の娘、尹峰雪さん(81)もこの日、慰霊祭に訪れていた。毎年、同慰霊祭に参加するという尹さんは、「この地域は特殊で、虐殺された朝鮮人の歴史について、日本の人々が加害者の立場で、当事者意識をもって真相究明に長年取り組んでいる。それを知ったら、じっとはしていられない」と述べ、「多くの同胞たちもまた当事者として知り、学び、行動しなければならないと思う」と自身の強い思いを伝えた。
1978年、県内の地元住民らを中心に結成された同実行委では、80年代前半まで、聞き取り調査などを通じた実態究明に注力し『いわれなく殺された人びと―関東大震災と朝鮮人』(青木書店、83年)を刊行。同書では、「収容所に集めた朝鮮人を、軍隊が市民らに払い下げ、殺させる」など、実行委のメンバーが県内各地をまわり集めた、軍や警察、自警団の虐殺行為を実証する証言や資料が収録されている。実行委ではまた、朝鮮人犠牲者の遺骨発掘(98年)と慰霊碑建立(99年)といった追悼事業、近年では、新たな活動拠点「おおわだシード」を設置(16年)し、そこで企画展の開催、調査研究の実施など、責任追及と継承の取り組みを断行してきた。
地元で起きた虐殺という点で大学時代に関心を持ち、卒業後に実行委の活動に携わるにようになった吉種佑香さん(26)。吉種さんは当初、虐殺に関する証言を聞いても「非現実的な内容に思えた」という。しかし一方で、実行委の取り組みによって、関東大震災朝鮮人虐殺に関する真相究明が、自身が生まれて以降にもなされていることに「衝撃を受けた」そうだ。吉種さんは「自分の会社が墨田区にあり、横網町公園の近くに位置するが、社内には当時のことをわからない人々が少なくない。慰霊は記憶の継承となる。事実を知りたいと思った時に、それを知ることのできる場所もまた継承する必要がある」と活動する理由を語った。
(韓賢珠)