【連載】光るやいのちの芽~ハンセン病文学と朝鮮人~⑧
2023年07月05日 08:00 歴史【連載】「光るやいのちの芽~ハンセン病文学と朝鮮人~」では、創作を通じ希望や連帯を希求し、抵抗としての文学活動を展開した朝鮮人元患者らの詩を復刊した詩集「いのちの芽」から紹介していく。(書き手の名前は詩集に掲載された日本名表示のママ)
国本昭夫 1926年・朝鮮全羅南道生まれ。4歳の時に日本へ渡り、41年に多磨全生園に入園。43年に故郷に戻るが、その後再入園。50年に詩誌「灯泥」創刊。
晩秋の午後
僕らは
何も語りあってはいなかった。
あなたは沈んでゆく夕陽を見ていたし
僕は遠い日の事を想い浮べていた。
いろいろなものが僕の中を通っていきました。
どこかの空で僕の過去が埋没され
どこかの空で僕の未来が生れているのでした。
僕は再び家郷へは帰るまいと
思ったりした事が幾度かありました。
悲しい事は考えまい
今日は明日を、信じようと。
「死ぬ」とは言うまいと思いました。
僕の偽りが永遠であるようにと
僕は少しばかり涙を流したのです。
淡い感傷。淡い夢。
僕は僕の中のあなたを
いつ知ったのだろう。
僕らは
もう永い間黙っていた。
生れた時からの宿命なぞ何も考える必要はなかったのです。
僕は僕だけ、あなたはあなただけでした。
所詮、感じる以外にはなかったのです。
病院の空を
風が吹き 鳥が行った。
今日も 僕らは
何も語りあってはいなかったのです。