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〈中津川朝鮮人虐殺事件〉識者の声

2022年12月27日 10:35 歴史

証言通じて実態探る/佐藤泰治さん

中津川発電所工事における朝鮮人虐殺事件は、その実態が凄惨であったにも関わらず、日本国内でほとんど知られていない。

1979年、郷土史「津南町史」の編纂委員が立ち上げられ、私もその一員に携わった。これを機会であると捉え、迷宮入りしていた中津川朝鮮人虐殺事件の掘り起こし作業に着手し、多くの証言を得て原稿を執筆した。とにかく現場付近を渡り歩き、たくさんの人を取材して回った。

しかし、1984年に突如私の原稿がボツになった。そしてとうとう事件については郷土史に載らなかった。町は「事件はなかったと証言する人もいる」「多くの町民は(町史に載ることを)望んでいない」などという理由を付けて私の意見を一切くみ取ろうとしなかった。

しかし、通常であれば「事件はあった」という証言はできても「なかった」という証言はできないとわかるはずだ。また、町民が望んでいないなどという主張は理由として成立しない。町は朝鮮人虐殺を「なかったこと」にしたかったのだろう。

今となっては事件に関する資料や物的証拠はほとんど残っていない。しかし、オーラルヒストリー(口述歴史)を通じて歴史を掘り起こし、朝鮮人虐待、虐殺を裏付けることができる。すでに多くの住民が証言を残しており、虐殺の実態については証明されている。

これからは、研究の層を広げ事件に対する認知を各地で深めること、日本政府による正式な謝罪と補償が行われること、事件の再発を防ぐための啓発が必要とされる。

心に刻み、過ち繰り返さない/新潟大学准教授・藤石貴代さん

中津川朝鮮人虐殺事件は、昔も今も変わらない、朝鮮人に対する日本人の優越感、民族差別意識が引き起こした虐待・虐殺事件であり、その過ちを日本国民の大多数が知ることも、反省することもなく、現在の差別表現・犯罪にまでつながっていることが問題だと考える。

いわゆる戦時労働動員(強制連行)は1939 年から45年にかけてであり、中津川事件は1922年だが、植民地支配による土地収奪(土地調査事業)が無ければ、多くの朝鮮人が労働者として日本内地に出稼ぎに来なければならない状況も異なっていたかも知れない。日本の植民地支配を無視して「勝手に出稼ぎに来た」あるいは、戦時労働動員について「日本人も朝鮮人も国民として同じく動員された」などと言うことはできない。

最近でも、東京都人権部が、関東大震災時の朝鮮人虐殺を扱った映像作品を上映禁止にするなど、日本人自ら反省とともに明らかにしてきた虐殺の事実でさえ無かったことにされつつあるのが、日本社会の現実だ。隠蔽された事実は消滅し、意図的に否定された事実の方が史実とされていく。

SNSの発達で「他の人々に対する敵意や憎悪に駆り立てられること」(故ヴァイツゼッカー大統領)がいっそう簡単 にできる時代になった。過去に日本人が犯した非人間的な行為を心に刻まない教育・世論のせいで、「ウトロ放火」のような犯罪が若い世代によって平時に起こされた。怖ろしいことだ。自民族が引き起こした悲惨で残虐な事実を、世代を超えて語り継ぎ、同じ過ちを繰り返さないための「記憶の義務」(戦後責任)を、一人一人の日本人が果たさなければならない。

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