〈今月の映画紹介〉ある男/石川慶監督
2022年12月10日 09:00 文化画面に映し出されるのは喫茶店に飾られた1枚の絵画。鏡を眺める男の後ろ姿が描かれているが、鏡の中の男も背中を向けている奇妙な絵だ。2人の男が連なっている風にも見える。まさに映画のテーマを象徴するようだ。
日本国籍を取得した在日朝鮮人3世の弁護士・城戸は、ある身元調査の相談を受ける。依頼人は宮崎で2人の子を育てる理枝。かのじょは一度の離婚を経て里帰りをし、その後「谷口大祐」という男と再婚していた。幸せな家庭を築いていたが、大祐は事故で死んでしまう。大祐の死後、これまで疎遠になっていたかれの兄が一周忌に訪れる。しかし遺影を見てこう告げる。「これ、大祐じゃないです」。
亡き夫はいったい誰なのか。大祐でない「ある男」について探るべく城戸は調査に乗り出すが、男の人生を突き止める過程で、自分のアイデンティティについて葛藤を抱くように。日本社会における差別の闇深さもまた思い知ることになる―。
映画は、歴史・社会問題を取り入れつつミステリー仕立てで迫力もあり、観客を飽きさせない。大衆性とメッセージ性を併せ持った見ごたえのある作品だ。
なかでも城戸についての描写は観るものの興味を引く。自分のアイデンティティを追求するかのように、「『日本人』になりきれていない」という孤独感を埋めるかのように調査に没頭する姿は、どこか哀れで胸が痛く、共感をも呼ぶ。
原作を手掛けた小説家の平野啓一郎さんは、過去に、作品の主人公を在日3世に設定した理由について、このように述べた。