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〈さくっと解説~知識の源Q&A〉佐渡鉱山での朝鮮人強制労働

2022年09月14日 08:47 寄稿

多様・複雑化する昨今の日本社会で、相互理解の前提となる知識や認識の積み重ねは、一層その必要性を増している。企画・知識の源Q&Aでは「社会を知る~今週のnewsトピック~」と関連して、今知っておきたい知識をQ&A形式で紹介する。

佐渡鉱山での朝鮮人強制労働とは?

8月27日~28日にかけて、新潟市内で開かれた第14回強制動員全国研究集会(主催=「強制動員真相究明ネットワーク」)。日本政府が世界遺産登録を目論む佐渡鉱山の地・新潟で行われた同集会では、「強制労働の否定を問う―佐渡鉱山の遺産価値を深めるため」というテーマに沿って報告があった。

佐渡鉱山はどんな山で、朝鮮人はどのように強制動員されたのか―。当日配布された資料「佐渡鉱山・朝鮮人強制労働Q&A」(歴史研究者・竹内康人さんが作成)から考えてみたい。(資料一部を抜粋)

 

Q.「佐渡金山」はどのような鉱山ですか

歴史全体をみるならば、「佐渡金山」ではなく、佐渡鉱山と呼ぶべきだと思います。佐渡の相川での採掘は17世紀初頭とされ、鉱山は江戸幕府の直轄とされました。明治政府は1869 年に佐渡鉱山を官営とし、西欧技術を導入して経営をすすめました。1896 年、佐渡鉱山は生野鉱山、大阪製錬所と共に三菱合資会社の所有となりました。その後、佐渡鉱山は三菱鉱業の経営となり、日本最大の金銀山であることから、三菱財閥に多くの利益をもたらしました。

戦時中には朝鮮人を動員し、1943 年からは銅の採掘を主としました。…戦中の乱掘の影響や金の品位の低下により、佐渡鉱山は縮小され、三菱の子会社、佐渡金山は1989 年に操業を停止しました。

Q.朝鮮人はどれくらい強制動員されたのですか

強制動員期の1943 年6月に示された佐渡鉱山の「半島労務管理ニ付テ」によれば

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