【全文】群馬の森追悼碑訴訟最高裁決定に対する抗議声明/群馬の森追悼碑訴訟弁護団


2022年6月15日、最高裁第二小法廷(岡村和美裁判長、菅野博文、三浦守、草野耕一)は、「記憶 反省 そして友好」の追悼碑を守る会(以下、「守る会」という。)が群馬県を被告として訴訟提起した「記憶 反省 そして友好」の追悼碑(以下、「本件追悼碑」という。)の設置期間更新不許可処分に対する取消等請求事件において、守る会の上告を却下し、また、上告受理申し立てを受理しないという極めて不当な決定を行った。

本件は、守る会の前身団体が都市公園法5条に基づき群馬県知事から許可を得て県立公園である群馬の森公園に戦時中、労務動員された朝鮮人犠牲者を追悼する本件追悼碑を建立し、以降、毎年、使用許可を得て追悼式を開催していたところ、過去の追悼式において守る会のメンバーや来賓から「強制連行」との発言があり、これが「政治的行事及び管理をしない」という許可条件に違反するとして群馬県が守る会の本件追悼碑の設置期間更新申請を不許可とした事案である。

守る会が更新不許可処分の取消と更新許可の義務付けを求めて訴訟提起をすると、前橋地方裁判所は、群馬県知事の判断には裁量権の逸脱乱用があったとして更新不許可処分を取り消したが、東京高等裁判所は、政府が認めていない「強制連行」という発言を行ったことにより本件追悼碑の中立性が失われ、本件追悼碑は都市公園法2条1項にいう「公園施設」の要件を満たさなくなったものであるから、更新不許可処分は適法であるなどとして1審判決を取り消すという極めて不当な判決を行った。

しかし、戦時中、我が国において朝鮮人強制連行があったという事実は歴史学上確定した史実であるところ、碑前において「強制連行」という発言を行うと碑の「中立性」が損なわれるという東京高裁判決は、歴史学における確定した通説に反するものであり、かつ、政治的に偏向したものであるものといわざるえない。

また、東京高裁判決は、本件追悼碑が中立性を失った根拠として、「強制連行」という用語が政府見解に反することを挙げているが、同判決に先立つ2021年4月27日に政府が「強制連行」という表現は不適切である旨の答弁書を閣議決定し、その後、文部科学省が各教科書会社に対し事実上「強制連行」の文言を訂正するよう求めていたことに照らせば、東京高裁判決はこうした歴史修正を試みる政府に忖度した判決を行ったものであるとの誹りを免れない。

最高裁決定は、こうした歴史学上の常識に反し、かつ政府に忖度した東京高裁判決を維持したものであり、極めて遺憾である。三権分立の観点からも重大な問題を有するものであり、まさに司法の危機とでもいうべき事態である。

何より、最高裁決定は、本件においては、さいたま9条俳句事件(さいたま地判平成29年10月13日判時2395号52頁、東京高判平成30年5月18日判時2395号47頁)や船橋西図書館蔵書破棄事件(最判平成17年7月14日民集59巻6号1569頁)においても問題となっていた「言論に対する公的助成」という重大な憲法問題(自治体が市民に表現の場を提供していた場合、表現内容に着目してその提供を拒否できるかという憲法問題)や、都市公園法2条1項柱書にいう「公園施設」に該当するためには「中立性」が必要とされるのか、必要とされる場合に「中立性」はだれがどのように判断すべきなのかという重大な法律問題が含まれているのにもかかわらず、また、裁量権の逸脱乱用に関する判断については1審と2審とで判断が分かれており、社会的にも大きな注目を集める事件であったにもかかわらず、これらの点について一切理由を示さずに守る会の主張を排斥する上記各決定を行った。こうした最高裁の態度は、国民から負託された司法の責任を放棄するものと言わざるを得ない。

以上の理由から群馬の森追悼碑弁護団は、今回の最高裁決定に対して強く抗議する。

2022年6月20日