沖縄の構造的問題を浮き彫りに/「復帰」50年に際し報道写真展


報道写真展「沖縄復帰50年 定点観測者としての通信社」

報道写真展「沖縄復帰50年 定点観測者としての通信社」(主催=公益財団法人新聞通信調査会)が、4月29日から今月15日まで、東京千代田区の東京国際フォーラムで開催された。戦後、米国の統治下に置かれていた沖縄の施政権は、72年5月15日を境に、日本へと返還された。同写真展は、それから50年を迎える沖縄の歩みを現地メディアなどによる138枚の報道写真で振り返った。

報道写真展「沖縄復帰50年 定点観測者としての通信社」

第2次世界大戦末期、12万人以上の民間人が犠牲となった「沖縄戦」(1945年3月~6月)。劣勢に置かれた日本軍は、「本土決戦のための時間稼ぎ」として、民衆らに銃口を向けて、「集団自決」を迫る蛮行をはたらいた。一方で、日本の植民地支配下にあった朝鮮から沖縄へ強制連行・動員された朝鮮人は、これまでの研究や調査により最低でも3千人におよぶとされており、「沖縄戦」での朝鮮人犠牲者は600人以上におよぶという。そのような中に、日本軍性奴隷制の被害にあった朝鮮人女性らもいた。

被害国の立場を強調し「沖縄戦」を美化する国、そして直接的な米国統治が終わって以降も、米軍基地全体の7割が集中し、米兵による性犯罪や騒音公害など実質の被害を被っている沖縄の人々。同写真展は、現在まで続くそれらの構造的問題を浮き彫りにしていた。

(賢)