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〈若きアーティストたち 98〉 チェロ奏者・朴純香さん

2014年04月03日 10:43 文化・歴史

「おっとり」に見え隠れする芯の強さ/〝死ぬ瞬間も楽器は隣にあってほしい〟

きっかけは初級部3年のときだった。クラシック好きの母に連れられて初めて観たオーケストラのコンサートで、弦楽器の繊細でダイナミックな響きが幼い朴さんの心をわしづかみにした。「かっこいい」。完全に弦の世界に吸い寄せられた。

子ども心に、「自分もプロの演奏家になりたい」という思いはこの頃から芽生えていた。バイオリンかチェロのどちらを選ぶか迷ったが、「バイオリンは最低でも初級部にあがる前の段階ではじめていないと、プロになるには遅すぎる」というストリング界の通念を知り、チェロを手にした。

チェロ奏者の朴純香さん

チェロ奏者の朴純香さん

「はじめから今日まで、辞めようと思ったり、他の仕事をしようと思ったことは一度もなかった」。とはいえ、初級部の年頃なら、友だちと遊びたければテレビもみたい。そんな気持ちを押しやって、練習に明け暮れた。ときたま練習が耐えられなくなり、「もう辞める!」と思っても、次の日には、また楽器を手にしている自分がいた。

中級部にあがると、練習内容も大学受験に向けた本格的なものとなっていった。弦楽器においては日本でトップクラスである桐朋学園大学に向けて最善の環境が整うよう講師も替え、チェロの練習はもちろん、ピアノ、ソルフェージュ、音楽理論の勉強にも力を入れた。それでも先生からは「もう少し頑張らないと、間に合わない」と言う言葉に焦りが募る。「どの先生も厳しくて怖かった」。何度指摘されてもできないときは「もう帰っていい」と突き放された。緊張のあまり教室に向かう道でお腹が痛くなることも多々あった。ピリピリした空気、厳しい練習に耐えきれず、部屋を出て外で泣いたこともあった。

それでも、「先生のまえでは絶対泣かなかった。泣いてしまったら先生も自分に対して優しくなってしまうと思ったから」と朴さん。「おっとり」というイメージがぴったりの優しい口調に、チェロに対する妥協だけは許さない強い芯が見え隠れする。「他のことは結構適当で、何も考えずに行動するときもよくあるけど、楽器に対するこだわりだけは曲げられない」。苦手なパッセージはできるまで何度も練習した。幼い頃抱いた夢は、日を追うごとに心の中で確かな目標となっていった。

本命だった桐朋音大は受からなかったが、浪人中の夏休みにチェロ奏者たちの合宿で出会った講師の勧めで東京音楽大学を目指し、翌年晴れて合格。

ジャンルはこだわらず、幅広い活動を展開している

ジャンルはこだわらず、幅広い活動を展開している

チェロをはじめるきっかけを与え、今日まで約20年間、精神的、経済的な支えとなった母の存在は大きいと朴さん。「3人兄弟の末っ子だったこともあって昔から母にべったりだった」。だからといって甘やかされたわけではない。練習を怠ると叱られ、朴さんが弱音を吐くたび、「辞めたいなら今すぐ辞めて」と叱咤。「今思えば、そういわれるとむきになってまた練習する娘の性格を知り抜いた上での態度だったのかもしれない」。

現在はフリーの奏者として、リサイタル、ブライダルでの演奏や、エキストラ、サポートとして出演する傍ら、音楽講師も務める。ジャンルはこだわらず、幅広い活動を展開している。

2011年12月に結婚。仕事と家事を両立するが、大事な舞台の前は包丁は握らない。「死ぬ瞬間も、楽器が横にあってほしい。それまで一生続けられたらいいな」。

(尹梨奈)

プロフィール

1983年生まれ。北九州朝鮮初中級学校(当時)、九州朝鮮高級学校(当時)、東京音楽大学を卒業。ミュージックステーションなどの音楽番組にアーティストのサポートとして出演。現在 ライブサポート、レコーディング、リサイタル等 フリーで活動する傍ら後進の指導もつとめる。

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