〈遺骨は叫ぶ 31〉福島県・沼ノ倉発電所
2009年11月24日 00:00 歴史6千人の朝鮮人労働者動員/日本敗戦の前年に連行、多くの犠牲者
福島県内を走るJR磐越西線猪苗代駅に下車し、北に車で約10分ほど走った磐梯山麓の長瀬川沿いに、沼ノ倉発電所(耶麻郡猪苗代町)がある。
この発電所は、国策会社の日本発送電株式会社・沼ノ倉水力発電社が事業主体となって起業したもので、アジア太平洋戦争の敗色が濃くなっていくなかで、不足する電力を増強するため、1943年7月に、工費約835万円の予算で事業に着手した。しかも、翌1944年12月には、工事を完成して発電を行うという典型的な突貫工事だった。
工事は、日本発送電の直営で、勝呂組、熊谷組、飛島組、間組、鉄道工業の5つの企業が分担した。沼ノ倉発電所の認可出力は、当初6千キロワット、最大有効落差は28メートル。水源は裏磐梯の秋元湖から取水した、秋元発電所の落水を、4キロの導水路で、沼ノ倉発電所まで引水することになっていた。そのため工事は、秋元発電所の落水を引く導水路工事と、発電所ダムの工事の二つだった。強制連行された朝鮮人は主に水路工事をしたので、水路4キロの間に朝鮮人の飯場が並んでいたという。