〈続・遥かなる高麗への旅・朝鮮史上初の統一国家 1〉国家の大事、文官が戦闘指揮
2008年06月18日 00:00 歴史外交と軍事で外敵の侵略を撃退/「江東六州」を取り戻した徐煕(ソフィ)

大興山城北門(開城市内で)
朝鮮半島は三面を海に囲まれ大陸の北方から侵入してくる外敵に悩まされ続けた。王建は建国初期から高句麗の故地回復を図るとともに高句麗の旧都・平壌(第2の国都として西京と呼んだ)を政治的に重要視し、軍事的拠点として整備、北方勢力を警戒、牽制した。
916年、遼河上流流域に「遼」という国を建てた契丹(蒙古族の一派)は勢力を東に拡張し、926年には渤海を滅亡させた。
993年10月、契丹は蕭遜寧の指揮する80万の大軍をもって高麗に侵入してきた。高麗はすでに朴良柔・徐煕・崔亮の三軍の防御軍を編成し清川江の辺に陣を取り、敵の大軍と勇敢に戦い侵略軍を牽制した。清川江を渡り高麗軍の防御が薄いとされる安戎鎮を攻撃した契丹軍は高麗軍の猛攻撃に遭って総退却した。