〈セセデのリアル〉共につくる未来を語り合う/ 金竜聖
2026年09月19日 09:00 セセデのリアル 寄稿 主要ニュース同胞訪問活動を終えた後、某有名チェーン店で朝青員4人と鍋を囲んでいた。仕事終わりの訪問で疲れていたこともあり、最初は他愛もない近況や仕事の話で盛り上がり、鍋の湯気の中で箸もよく進んでいた。
「維持」ではなく「発展」
やがて話題は、自然と総聯結成70周年に際して送られてきた5.25書簡へと移った。昨年、総聯結成80周年に向けた10年闘争期が提示されたことに話が及んだ時、ある朝青員が鍋の湯気を眺めながら、少し考え込むような表情でこう語った。
「10年闘争期が示されたことの重要性はよく分かる。私は、この期間を“今ある形を守ること”だけで終わらせるんじゃなくて、自分たちの地域から新しいことにも挑戦して、もっと“発展させていく期間にしていきたい」
何気ない一言だったが、強く印象に残った。そこには、現状に対する不安と同時に、「それでも前に進みたい」という、今のセセデの率直な思いが込められているように感じたからだ。
総聯結成80周年は、遠い未来の話ではない。その時、今活動している同胞青年たちが30代、40代となり、地域や団体の責任を担う立場に立っている。だからこそ、新たな闘争期を「誰かが進める運動」ではなく、「自分たち自身の未来」として受けとめなければならない。
しかし、その未来を思い描こうとするとき、現場の青年たちの胸中には少なからず不安がある。
「ウリハッキョの学生が減っているのに、今のままで10年後も同じような形で活動ができるのかな…」
ある役員が会議後の雑談でそう漏らしたとき、すぐに答えられる人はいなかった。対朝鮮敵視政策、民族同化の進行、ウリハッキョ学生数の減少…。地域によって事情は違っても、「人が以前ほど集まらない」「青年同士のつながりの広げ方に悩んでいる」「担い手が足りない」といった声は各地で聞かれる。
だからこそ、「まずは今あるものを守ることが先ではないか」「現状を維持するだけでも大変だ」という考えが出てくるのは、ある意味で自然なことだと思う。
それでも、冒頭の朝青員の言葉は、その先―「維持」ではなく「発展」を見据えていた。その視点に、私は大きな意味を感じている。
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