【投稿】最後のサマースクール/李るい
2026年08月29日 09:00 主要ニュース
学生会卒業生による座談会のようす
最後のサマースクールが終わってしまった。
私自身、日本学校出身ではあるのだが、実は学生側として参加したことは一度もない。
サマースクール(サマス)は、日本の中学・高校に通う在日同胞学生(日校生)たちを対象にした宿泊型の一大イベントだ。
私がサマスに本格的に関わるようになったのは、朝青専従1年目の2021年。コロナの猛威がまだ収まらない中、それまでのような地方ブロック開催ではなく、各本部単位で工夫して行うようにとの方針が出された。はて、どのようにすべきか。私は頭を悩ませた。
前年の2020年は、学生会活動はおろか、朝青活動さえ行うのが難しい状況だったという。
さすがに今年はアクションを起こさなければ。学生たちの時間は止まってはくれない。私たちがあれやこれやと理由をつけ、手をこまねいているうちにも、かれかのじょらはあっという間に高校を卒業してしまうからだ。
そして専従や非専従日校対策部長たちと話し合いを重ねた結果、これまでの2泊3日形式ではなく、宿泊なしの2日間開催という形をとることに決まった。国や自治体のコロナ対応マニュアルを調べ、朝青員や専従活動家たちの協力も仰ぎながら、コロナ検査キットも必要人数分をかき集めた。
何よりの課題は、学生たちとより仲良くなれる夜の時間がなくなり、限られた時間の中でどのような企画を準備するのかということだった。
学生たちがどのような感覚をもっているのか、何を伝え、どのように向き合えばいいのか…。そんなことを考えながら手探りで準備を進めていた私に、日本学校出身の、当時ベテラン朝青員だった先輩が、こんな言葉をかけてくれた。
「こちらが伝えたことを、まるでスポンジのように、学生たちはしっかり吸収してくれるよ」
以来、それは学生たちと接する際の私のモットーにもなり、毎回サマスが近づくたびにその言葉を思い出して、自分を奮い立たせるのだ。「大丈夫。学生たちの可能性を信じよう」と。

関東大震災朝鮮人犠牲者たちの跡をたどるフィールドワークが行われた
サマスの準備は、毎年4月頃から始まる。各支部の選抜メンバーたちが集まり、実行委員会を立ち上げ、企画を構想し準備を進める。
その一方で、欠かせないのが訪問活動だ。どんなに良い企画を考えても、学生たちが参加してくれなければ意味がない。しかし、日校生家庭の多くは、朝青や同胞社会とのつながりが途切れているのが現実だ。服装をピシッと整え、名簿やビラ、ペンなどの忘れ物がないか確認する。そして最後に、玄関先で小さな「作戦会議」を開く。
「ここはアボジが日本人だから、『チョチョン(朝青)』て言っても通じないよ」
「じゃあなんて言う?」
「うーん、ザイニチコリアンの青年団体…?」
「団体って言い方、ちょっと怪しくない?」
「オモニはウリハッキョを出ているから、アンニョンハシムニカくらいは多分通じるよ…」
そんなやり取りをしてから心の準備を整え、いざ、玄関のチャイムに手を伸ばす。そして「ピンポーン」という音とともに、私たちの試合のゴングが鳴り響くのだ。
そのような夏を5回繰り返した私は、今年の6月から7月にかけて行われた大会をもって、朝青を卒業した。朝青歴10年以上という「猛者」(熱誠者)も数多くいる中で、私が地域で活動したのは5年半。振り返ってみれば、決して長いとはいえない期間だった。そして、そんな私の朝青生活を締めくくる最後の大仕事が、サマースクールだった。
今回集まった日校生は4人。全員ウリハッキョには通ったことがない学生たちだ。

ウリハッキョの部活を見学するようす
今年のサマスのテーマは「サマスの一番楽しいところに気付いてる?」(このサブタイトルを決める会議はいつも大喜利状態になる)
在日朝鮮人に関する歴史講義や映画鑑賞会、チマ・チョゴリ試着やキムパプ(朝鮮ののり巻き)作りなどの民俗文化体験、学生会卒業生による座談会や夜のハッキョでの謎解き。定番から今年ならではの企画をこなし、時間をともにする中で、最初は緊張していた学生たちの表情も次第にほぐれ、教室には笑い声が響き渡るようになった。
2日目のポストイットを用いた討論では、模造紙の上に色とりどりの言葉が並んだ。

ポストイットを用いた討論では、模造紙の上に色とりどりの言葉が並んだ
「サマスは日本の学校とはぜんぜん違くてすごく楽しい」
「朝鮮語を話せないのに、なんで在日朝鮮人なのって思った」
「朝鮮人とハッキリ言うのに抵抗があった。言いづらかった! でもちゃんと言えるようになりたーい!」
そこには、サマス期間を通して学生たちが感じた、率直な思いがあった。自分は何者なのか、なぜ朝鮮人なのか。自分のルーツをもっと知り、ちゃんと向き合えるようになりたい――そんな葛藤と願いが、少しずつ言葉になっていく。
別の夜、学生たちにどんなウリマルを覚えたかと聞いてみた。すると口々に、
「ケンガリ!」
「チャーチュセヨ(お茶ください)!」
「サージュセヨ(奢ってください)!」
企画を通して覚えたウリマル以外にも、朝大生や朝青員たちがいつの間にか教えたのであろう、さまざまなウリマルが飛び交う。その中で、黙っていた一人の学生にも問いかけてみた。すると少しはにかみながら、こう答えた。
「チュルゴウォヨ(楽しいです)を覚えました」

3日間の総まとめのクイズモイムが行われた
最終日には、3日間の総まとめのクイズモイムが行われた。そして最後の問題。「今年のサマスは楽しかったかな?」という司会者の呼びかけと同時に、スクリーンには「楽しかった」「めっちゃ楽しかった」という2つの選択肢が映し出される。学生たちは大人びた表情に変わり、フッと笑みを浮かべながら、さてどんな返答をしようか、どう答えれば朝青員(おとな)たちが喜ぶだろうかと考える。そうして順番に、思い思いの回答を口にしていく中で、あの学生の番になった。しばし沈黙した後、口を開いた。
「今年のサマス、チュルゴウォヨ!」
――私は、サマス独特の雰囲気が好きだ。
麦茶の入ったジャグとコップ一式をつねに持ち歩いて、どこからともなく現れる朝青員。朝早く起きて、みんなのために朝食を準備してくれる朝青員。学生たちの輪の中に入って全力で盛り上げる朝青員。学生たちに寄り添って、夜遅くまで話をしてあげる朝青員。
表に立つトンムもいれば、裏方に徹するトンムもいる。役割はそれぞれ違っても、この3日間だけはただ一つ「日校生たちのために!」、その思いで一心団結するのだ。
そのような朝青員たちのあたたかさに囲まれながら、学生たちは笑い、学び、そして自分自身と向き合っていく。

朝青員たちが愛のこもった朝食を用意した
学生たちがよく口にする「サマス楽しい!」「チョソンサラム最高!」という短いフレーズには、同じルーツを持つトンムたちと出会えたことやウリマルなどの民族文化に触れられたこと、そして朝鮮人としての自分を解放できる純粋な喜びが込められているのだと思う。
そのような喜びが一つひとつ形になっていく過程には、数多くの朝青員たちの存在があるのだ。
しかし、たくさんのものを吸収したスポンジも、そのまま放っておけば、日本社会の見えない手によって搾られていってしまう。
だからこそ私は、毎回サマスを終えた学生たちの背中に向かって手を振り、「また学生会(ハッセンフェ)で、会おうね!」と呼びかけながら、心の中でこう呟くのだ。
どうか私たちから、民族から目を背けないでほしい。先代たちがそうしてくれたように、在日朝鮮人を取り巻く過去と現在の課題にしっかりと向き合って、祖国と同胞社会を愛し、ともに歩んでいけるような、そのような立派な朝鮮人になってほしい――。
私のサマスは、これで終わりだ。
しかし、日校生を一人でも多く見つけ出し、かれかのじょたちが自分のルーツと向き合い、民族の一員として誇りをもって生きていけるようにするという課題は、これからも残り続ける。私自身も次のステージで、歩みを止めることなく取り組んでいきたい。
(元朝青千葉専従活動家)