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〈MASTER NOW〉ネゴヒャン女子蹴球選手団監督リ・ユイル(下)

2026年07月29日 09:00 MASTER NOW スポーツ 朝鮮半島

世界で磨いた指導論、朝鮮の力に

【リ・ユイル】1984年生まれ。4・25体育団で選手として活動した後、大学進学を経て、24歳で4・25体育団に監督として就任。2013年、平壌国際サッカー学校設立と同時に教員として配属。22年1月からネゴヒャン女子蹴球選手団監督。朝鮮女子代表やU23男子代表も務めた。AFCのB級コーチインストラクター資格も取得し、指導者育成にも携わる。

(上からつづく)

──34歳という若さで代表監督に選ばれています。選手時代に、自分が監督として活動することを、イメージしていましたか?

まったく考えていませんでした。当時は世界で活躍する選手になることだけを夢見ていました。

サッカーを始めたのは6歳の頃です。夢中でボールを追いかける毎日を送り、その後、4・25体育選手団(当時)の育成システムに入り、本格的にサッカーを学びました。その後、正式な選手となり、3年間、MFとしてプレーしました。

ところが、健康上の問題もあって、父から「大学で勉強したほうがいい。サッカーは選手を引退しても監督として続けられるじゃないか」と勧められたのです。当時は「まだプレーを続けたい」という思いが強かったのですが、大学へ進学することを決めました。

金亨稷師範大学体育学部を卒業し、24歳で再び4・25体育団に戻り、監督として配属されました。

英語を話せたこともあり、若い頃から海外研修に積極的に参加し、欧州やアジア各地で多くのことを学びました。そうした経験を実際の指導現場で生かしながら、自分自身も監督として成長してきたのです。

──監督としてキャリアを重ねる中で、指導方法や選手たちとの接し方など、自身の中で「変わったな」と感じることはありますか?

大きく変わりました。今でも毎日のように変わっていると思います。私自身が変わり続けなければ、選手たちも成長が止まってしまいますから。

世界のサッカー、そしてアジアのサッカーは今も絶えず進化しています。ですから世界サッカーのトレンドや戦術の変化を敏感に追いながら研究しています。そこで各監督がどのような特徴を持ち、どのような工夫をしているのかを学び続けなければ、私たちも世界から取り残されてしまいます。まして、これから世界大会に挑むチームであれば、なおさらです。

チームの本当の実力が問われるのは、その結果を維持し続けられるかどうかです。ネゴヒャンはもう「無名のチーム」ではありません。一度結果を残した以上、多くのチームが私たちを研究してくるでしょう。だからこそ、私たち自身が絶えず研究し、進化し、変わり続けなければ、今のレベルを維持することはできないのです。

選手たちと

──朝鮮や世界の監督で、影響を受けた人がいますか?

国内では、それぞれの監督に学ぶべき長所があります。中でも女子サッカーでは、キム・グァンミン監督の影響が大きいですね。女子サッカー界の第一人者であり、長年にわたって国のサッカーに大きく貢献してきた指導者です。男子サッカーではユン・ジョンス監督もそうです。4・25体育団時代に私を指導してくださった監督で、今でもさまざまな助言をいただいています。

海外では、ユルゲン・クロップ、フース・ヒディンク監督をはじめ、世界的な指導者たちと直接会って意見を交わしました。FIFAやAFCで活躍する著名な指導者たちから、多くの経験談や指導論を学ぶ機会に恵まれました。そうした出会いは、私にとってかけがえのない財産になっています。

──そうした名将たちの戦術・戦略の中で、特に参考になった点は何でしょうか。

共通して感じたのは、試合の流れを読み、試合展開に応じてチームを変化させる力の高さです。つまり、状況に応じて臨機応変に戦い方を変える能力です。それが一流の監督たちに共通している最大の特徴だと思います。数多くの大舞台で積み上げた経験の賜物だと思います。

ホームグラウンドで練習に取り組む選手たち

“父から受け継いだ使命感

母が授けてくれた世界観”

──1966年W杯でベスト8の快挙をもたらした朝鮮男子代表のリ・チャンミョンさんは、父親に当たります。そのことが選手、監督生活において、ご自身にどのような影響を与えましたか?

父がサッカー界で尊敬される先輩だったということ自体が、私にとって何よりの教えでした。「父の築いてきたものを受け継ぎ、さらに発展させていかなければならない」という使命感を自然と抱くようになりました。

一番教えられたのは、本当にシンプルなことです。「サッカーというのは、生半可な覚悟ではできない。身を削るような努力をしなければ、一流にはなれない」。父はいつもそう言っていました。父自身が、本当に苦労を重ねながらサッカーを続けてきた人です。人一倍努力を積み重ね、文字どおり身を削るような思いで競技に打ち込んできました。

だからこそ、「ただサッカーが好きだから」「楽しいから」という気持ちだけでは、この世界では決して通用しない。それが父から受け継いだ、最も大きな教えです。

── リ・チャンミョンさんとの関係はどんな感じなのですか?

父はずっと監督をしていましたから、家にいる時間はあまり多くありませんでした。私の人格形成や価値観に最も大きな影響を与えてくれたのは、むしろ母です。もし私に多少なりとも知的な面があるとすれば、それは母から受け継いだものだと思っています。

母は対外関係の仕事に携わり、国際情勢に明るく、博識で、英語も堪能、本当に多才な人でした。幼い頃から母のおかげで英語を学び、世界に触れる手段を与えてもらいました。それが今、監督という仕事をする上での土台になっています。監督になるには世界のサッカーを知らなければなりませんし、そのためには外国語が欠かせません。その基礎があったので、大学では中国語も学びました。

そうした力があったからこそ、フース・ヒディンクやジョゼップ・グアルディオラといった世界的な指導者と直接会う機会にも恵まれました。外国人だからと気後れすることなく、自然に会話を交わすことができました。

そうした国際感覚や、一人の人間としての土台を築いてくれたのは、間違いなく母だったと思っています。

──記者会見での歯に衣着せぬ語り口も、毎回、非常に印象的です。人前で話すことは元々得意なのですか?

どうでしょうね(笑)。自分では分かりません。ただ、監督という仕事をするには、やはり頭が良くなければいけない。単に知識があるということではなく、言葉を駆使する力が求められます。

それは記者会見のためだけではありません。監督は、ある時は選手を奮い立たせ、ある時は高ぶった気持ちを落ち着かせなければなりません。しかし、ただ「興奮するな」と言うだけでは伝わらないんです。言葉で笑わせ、緊張感を持たせ、ときには厳しく叱って涙を流させることもある。そのためには筋道の通った、説得力のある話ができなければならない。

世界の名将たちを見ても、例えばジョゼップ・グアルディオラ監督は本当に話がうまい。論理的で説得力があるんです。優れた監督は、自分の思いを選手と共有し、率直に話すべき時は率直に話す。一方で、あえてすべてを話さないこともある。そうやって選手の心理をコントロールすることに非常に長けています。記者会見も同じだと思っています。

記者会見で質問に応じるリ・ユイル監督

──2024年、来日された際の記者会見は特に忘れられません。

あの時のことは、今でもよく覚えています。当時、記者会見でもお話ししましたが、同胞の皆さんは本当に一生懸命応援してくださいました。今でも時々、当時の映像を見ることがあります。「こんなにも力いっぱい応援してくれたのか」と胸が熱くなります。その声援にもっと応えたかったという思いは、今でも残っています。

総聯第26回全体大会の場で、ネゴヒャンの優勝を祝ってくれたと聞きましたが、今大会を通じて、少しでも同胞の皆さんに力を届けることができたのではないかと思います。とにかく日本のチームに勝つことができましたから。

私にとって総聯は、特別な存在です。総聯の話を聞くたびに、いつも胸が熱くなります。いつも変わらず支え、声援を送ってくださることに心から感謝しています。

2月28日のパリ五輪アジア最終予選で朝鮮女子代表と日本代表との試合を観戦する応援団

──生活面で、心がけていることやルーティーンはありますか?

私はどちらかというと、あちこち出歩いたり、人付き合いを広げたりするタイプではありません。

本を読んだりするのも好きですし、最近は運転が一つの趣味になっています。

家にいる時は、一人娘と一緒に過ごす時間を何より大切にしています。娘は今12歳で、平壌学生少年宮殿に通い、ピアノを習っています。周りからは「女子サッカーをやらせたらどうだ」と言われることもあります(笑)。でも体格的に見ても、娘はスポーツ選手向きではないんです。妻は文化芸術の仕事をしていて、若い頃は映画俳優として活動していました。ですから、娘の教育についても、どちらかというと芸術の道に関心があるようですね。

娘と一緒にピアノを弾いてみたりもします。「お父さん、違うよ」と注意されることもありますけど(笑)。紋繍プールへ遊びに行くこともあります。家からも近いので。そうやって家族との時間を過ごすことが、何よりの息抜きですね。

──最後に、監督として、今後、朝鮮女子サッカーをどのように発展させていきたいか、聞かせて下さい。

私一人で朝鮮女子サッカーを発展させられるとは思っていません。私は多くの指導者の一人にすぎません。与えられた役割を責任を持って果たすことが、結果として朝鮮女子サッカーの発展につながるのだと思っています。

当面の目標は、アジアの強豪としての地位を維持しながら、10月から始まるFIFA女子チャンピオンズカップで結果を残すことです。まずは予選を突破し、何としても来年1月の決勝大会まで勝ち進みたい。

そこまでたどり着くことができれば、ネゴヒャンにとってはもちろん、朝鮮サッカー、そしてアジアの女子サッカーにとっても、大きな前進になるはずです。もしかしたら、バルセロナに勝つことだってあるかもしれない(笑)。まずは何としても、その舞台に立つことです。それが今の目標です。

〈MASTER NOW〉

平壌支局が独自の目線でセレクトした「時の人」へのインタビュー。経済人から文化人、学者、スポーツ選手まで、注目の新人からベテランの専門家まで、朝鮮の「主人」である人間を通じて、「朝鮮の今」を伝える。

(朝鮮新報)

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