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〈読書エッセー〉晴講雨読・朝鮮大学校教員のユニークな二冊/任正爀

2026年06月17日 09:36 寄稿

今はないが、東京・文京区白山の朝鮮出版会館にはコリアブックセンターがあった。文字通り朝鮮に特化した書店で、朝鮮はもちろん日本の出版物も取り揃え、貴重な情報源として多くの人が利用した。筆者もその一人であるが、他方で『朝鮮切手よもやま話』をはじめとする私家版の本を置いてもらい販路としていた。そんななかの二冊が金貞淑『朝鮮食紀行』と韓昌道『ウリナラ昆虫仰天記』で、後にそれぞれ正式な出版物となった。

今年、創立70周年を迎えた朝鮮大学校は民族教育の最高学府であり、「朝鮮唯一の海外大学」である。後者には色んな意味合いがあるが、実質的な側面もある。一つは通信博士院制度で教員たちが学部の推薦を得て登録され、碩士・博士学位を取得するというものである。主には金日成綜合大学の諸先生方が指導教官となり何度か登校を行いながら論文を作成、公開審査を経て学位が授与される。もう一つは学生の祖国研修で、平壌に数十日間滞在し、講義を受け社会見学と観光を行い、時に各種行事に参加する。その貴重な体験は、学生にとって一生の宝である。

『食卓のアリラン』

『朝鮮食紀行』は短期学部の金貞淑教授が学生研修を引率した時の食文化に関する見聞を一冊にまとめたもので、基は本紙に連載された「朝鮮紀行『食』」である。平壌の四大名物(冷麺、温飯、ボラ汁、緑豆チジミ)に、金剛山の海鮮や白頭山のジャガイモ料理、さらに日本ではほとんど知られていない淡水魚ソガリの刺身をはじめカムルチ(雷魚)、チョウザメ、すっぽん、ナマズなどを用いた朝鮮ならではの料理はまさに垂涎である。また、学生の料理実習や、国内の料理コンテストの様子など実に興味深い内容となっている。

著者は「あとがき」で「紀行文なので実際にあったことをなるべくわかりやすく表し、説明すること、そこへ情緒的な人間味も加え『生活の中の食』という輪郭を意識し書いてみた。さらに欲をだし、これから朝鮮が必ず文明強国として発展するであろう、その可能性が少しでも垣間見ることができて、読者にさらなる希望を持ってもらえたらという願いも込めた」と書いている。

ある時、朝大図書館を訪ねられた文化人類学を専攻されている車恩姃博士はこの本を見てすぐにハングル翻訳版を提起された。そして、その後に本紙に連載された「朝鮮『食』探訪記」を加えて、韓国「赤い塩」から出版されたのが『밥상아리랑(食卓のアリラン)』である。

「冷麺ではなく温麺?」「驚きの味に感動する」「おしゃれで甘美な平壌の夜」の全三章で、末尾に「著者との対談」が収録されている。第3章の表題について説明を加えるなら、平壌ホテルのバーカウンターで供されたカクテル「ピョンヤン・ナイト」による。対談では在日朝鮮人の生活体験が語られているが、韓国で紹介されるのは稀で、本文を含めて大きな反響があった。この本の出版は2020年で状況は大きく変わったが、その価値は失っていない。

『虫を追って、祖国を想う』

『ウリナラ昆虫仰天記』は以前にも紹介したことがあるが、日本各地のウリハッキョで講演および理科教室を行い昆虫博士として人気を博す韓昌道准教授が、朝大および愛媛大・大学院時代に朝鮮を訪れ昆虫採集を行った経験談をまとめたものである。内容の斬新さと、その軽妙な語り口(しかも大阪弁!)に引き込まれる。とくに強く印象に残るのは次のようなエピソードである。

世界でもっとも出演者が多い芸術公演としてギネスブックにも登録された「アリラン」公演観覧時のことである。夜間、メーデースタジアムで行われたこの公演で照明をめがけて飛んで行く昆虫が、ぶつかり弾け落ちてくる。その場へ駆け寄った著者は、感激と驚きで声が出ない。その昆虫こそ朝鮮名「水将軍」、昆虫界水中部門の「横綱」であるタガメであった。

タガメは日本のどの田畑でも普通に見られたが、都市化や農薬による汚染などが原因で珍しい昆虫の代表ともいわれるようになった。そんなタガメが、そこら中で仰向けになってもがき、再びライトをめがけて飛んだり、這い回ったりしているのを見て、「ありえへん! これはすごい! ウリナラはなんて魅力的なんやろか」と感動した次の瞬間、公演を見終えた人民軍の行列が、とまどいもなく踏み潰して行進していくのである。

自然環境が悪化し昆虫が極端に減った日本と、掃いて捨てるほどいる朝鮮とのギャップは大きい。そんな中で、フル装備で採集を行う著者を周りの人たちは奇異な目を向けるのだが、著者がその意義を熱く語るやみな積極的な協力者となる。そのやりとりが実に面白い。また、朝鮮の豊かな自然環境に触れ、それを守るために何をなすべきかを真摯に考える姿は感動的でさえある。

在日同胞はむろん広範な日本の人たちに読んでもらえればと思っていたのだが、それを再整理し加筆した『虫を追って、祖国を想う』が今年3月に幻冬舎から出版された。著者は「まえがき」で次のように書いている。

「異国の地で生まれ育った私にとって『朝鮮で虫を追うこと』は、ただ単に研究を行うことということだけでなく、祖国と感受する朝鮮の地で、私自身の存在や『祖国とは何か』を探求し続ける旅路でもありました。この本を手に取ってくださった方々が、その旅路を少しでも気持ち良くともに歩んでいただければ幸です」

日本のマスコミが朝鮮の誹謗中傷を繰り返すなか、本書が果たす役割は小さくないと思われるが、幻冬舎は有名な出版社なので多くの人の目に触れることだろう。すでに朝日新聞やしんぶん赤旗に紹介されるなど注目度も高い。

現在、著者は通信博士院に在籍し、あとは公開審査を待つだけとなっている。その間も朝鮮を訪れ採集を行っていたが、その原稿も準備中で続編も出版されることだろう。

朝大は教育機関であると同時に、在日同胞の研究拠点でもある。その成果は論文・著書として表れるが、今後も朝大教員ならではの本が数多く出ることを期待したい。

(朝大理工学部講師)