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〈歪む社会の目、誰が正すのか〉火が放たれたすぐそばで/鄭佑炅さんの思い

2022年07月06日 10:14 歴史

ウトロに住んで70年

放火現場の前に立つ鄭佑炅さん

「何にもわかってない。ひとつも(支援)してもろてへんのにな」。総聯京都南山城支部顧問の鄭佑炅さん(80)は吐き捨てるように呟き、視線を落とした。

パラリンピックのサッカー試合中継を見ていた昨年8月30日の夕方、バタンバタンという音が立て続けに鳴り、何事かと窓の外を見た鄭さんは自身の目を疑った。立ちのぼる黒煙とあちこちに散る火花。「火事や」。テレビと扇風機の電源もつけたまま、慌てて外へ避難した。

当時燃えていた自宅の斜向かいの倉庫は、以前は同胞が住んでいた家だった。鄭さんの家にまで降り注ごうとしていた火の粉をよけるため、隣の住民が自宅用ホースで懸命に水をかけていた。しかし火の勢いには追いつかず。またたくまに火の手は建物をのみ込んだ。

結局、家に帰ったのはその日の24時ごろ。それまでは近くにある市営住宅の広場で過ごすことを余儀なくされたという。

鄭さんの家はもらい火で網戸が溶け、排水管は変形していた。家の前に咲いていたムクゲの花も、すべて燃え落ちてしまった。

「ひとりでやったんじゃない、という感じがどうしてもする」。燃え跡を見ながら鄭さんが確信したように話すのにはわけがあった。

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