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短編小説「魚のために道をひらこう」31/陳載煥

2022年04月24日 08:00 短編小説

ジュンハはテソンに会いたくはなかったが、論文のためにはやむをえなかったのである。

ジュンハがゆっくりゆっくり岸に沿って下ってくると、ニジマスの群れが彼を追ってくる。ここは、5、6カ月前にテソンを探しに来て二人で激しく言い争ったところであった。

彼が腰を伸ばしながらあいさつすると、ジュンハは自分でも思いがけなく、

「うまくいっているようだね!」と言ってしまった。

「まあ、このくらいなら自然養魚が不可能だなんては言えないでしょうな!」

自信に満ちたこの言葉は、ジュンハの怒りをあおった。

「あんまりうぬぼれなさんな。ドジョウを捕まえて漁師になったというもんだ。もうすぐ春になって、汚れた水が流れ込んだら魚は生きちゃおられまい!」

彼はかっとなった。

「そうか、きみは5万の魚が死なないで生きているのが、そんなにうらめしいのか! 背信者め!」

ジュンハはなんのために自分がここへ来たのかさえもまったく忘れてしまった。

「背信者だと? 世の中に愛国者は自分ひとりだと思っているのか! きみこそ反逆者になりたくなかったら、今からでも遅くない。5万尾をひきつれて養魚場に帰ってこい!」

ジュンハはこう言い捨てると、引き返してしまったのである。

7章

長い冬が去り、春が訪れた。凍っていた大地もおもむろに溶け始め、カゲロウがちらちら立ちのぼっている。奥深い山の雪が溶けてちょろちょろ音をたてて流れ始め、村のあちこちに水たまりをこしらえていく。澄みきった河の水は、のどかな春の光を浴びてキラキラ輝き、雪解け水が方々から流れ込んでくる。河のふちに残っていた氷も、音をたてて割れながら流れに浮いて静かに河下へゆらりゆらりと流れていく。

テソンは春の訪れとともに、ゆっくり眠っている暇もなかった。虹のように美しいニジマスの背は、激しい流れで見えなくなり、ジュンハのいう危機が始まったのである。けれども、雪解け水が流れ込み始めると、ニジマスは前にもまして活気をていし、調子がよかった。

ある朝のことであった。夜の明けるのも待ちきれず、水面がいくらか白みかかったころ彼は麦わら帽をかぶって戸外へ出た。何か水の上に白っぽいものがぷくんぷくんと浮いている。すると、ネコヤナギの葉のようなものが水の流れに乗って次の池に押し流されてきた。

不吉な予感が稲妻のようにひらめいた。彼は、作業服のまま水にとび込むが早いか流れてくる白いものをわしづかみにした。ぬらぬらっとしている。

「おーい、たいへんだ! みんなを呼んでこい。ニジマスが浮いている。おーい、早く棚の上から懐中電灯を持ってこい!」

(つづく)

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