答えが一つしかないからです! 万寿台ではよく朝鮮の子どもたちの一行と出会う。「外国人と会っても騒がないように」と事前に言われているのだろう。前を向いてまっすぐ整列しているが、やっぱり何人かの生徒は私た [...]…
2004年に初訪朝してからしばらく、朝鮮への関心が少し冷め、私はサラリーマン生活を満喫していた。しかしある日、「突破せよ、最先端を」を聴き、再びオタク心に炎が点った。「CNC」「プログラム」という英単 [...]…
「家和万事成」 「…北岡さん、さすがにまずいぜ、それは」。男性同行者の目は笑っていない。隣の男性同行者も「いかんでしょう、それは…」と深く頷いている。 昨年の訪朝初日、9月20日は北京で宿泊。その日の [...]…
もうひとつの日朝交渉 9月5日に朝鮮会館で行われた、朝鮮建国を祝うパーティにご招待をいただいた。華やかな会場の隅で、日朝関係において大きな進展があったことを報告しておきたい。 朝鮮新報でも何度か書かせ [...]…
2004年。初訪朝にあたっての一つの目標は朝鮮語をリミッターオフで使うことだった。1年半ほど南に留学していたこともあり、ある程度ことばはできたが、朝鮮でも失礼がなく、その独特の表現を使いこなし、身につ [...]…
メリヤス工場で感じた友情 「当工場は、全従業員の9割が女性で主に縫製作業を担当し、残り1割の男性が主に機械のメンテナンスを担当しております」。 平壌の船橋洞にあるメリヤス工場見学で技師長が口にしたその [...]…
一流との葛藤と爽やかな声 年に数回、日朝学術研究会などで京都に行く。京都の定宿は烏丸にあるカプセルホテル。一泊3,000円以下なのに室内は意外と広く快適だ。しかし、通路を歩く客の足音が丸聞こえなのが難 [...]…
そして、ブランコは来なかった 私たち日本人観光客に対して、朝鮮の人たちは基本的に距離を取る。昨年9月に滞在した普通江ホテルの接待員も真摯に仕事はするが、余計なことは言わないし、しない。そんなよそよそし [...]…
なぜか、日本代表 「北岡さん急いで!」。K案内員の声を聞いて脊髄反射的に私は、ヘダンファ館前にある階段から跳躍し顔面から墜落、左目の下を負傷した。この傷が朝鮮の人が胸につける紅いバッチの形にまるでそっ [...]…
ともかく疲れた大名旅行の記憶 日本人でも朝鮮人でもどこか合わない人はいる。私と2010年の案内員、金さんもそうだったのかも知れない。 2010年10月のツアー。順安空港に降りたったのは私ひとりだった。 [...]…