1972年、奈良県明日香村の高松塚古墳から極彩色の壁画が発見された。石室四面の壁に四神図と男女の人物像、天井には金箔の星を朱色の線でつないだ星宿(星座)が描かれていた。 1983年には高松塚に近いキト [...]…
金堂の釈迦三尊像の須弥壇上の四隅に、日本最古の四天王像、持国天・増長天・広目天・多聞天が安置されている。四天王は、邪鬼を踏まえて武器などを手にした武人の姿で表現され、それぞれ東西南北全方向からの仏法守 [...]…
「厨子」は、仏像や舎利、経典などを納める仏具で、室内に安置する。玉虫厨子は実在の寺院建築の概観を模したもので、古代日本建築を知る上でも重要な位置を占める。また、当時の金工、木・漆工の優れた技術を示すも [...]…
夢殿に安置されたこの像は、飛鳥時代の代表的傑作とされる。秘仏として長い間密封されていたため損傷が少なく、当初の金箔や彩色の大部分がそのまま残っている。救世観音は乱世に現れて衆生を救うといわれる。 「八 [...]…
法隆寺の古書に「百済より伝来」といわれる観音菩薩立像がある。1897(明治30)年に「観世音菩薩乾漆立像(伝百済人作)1躯」とあり、また、1951(昭和26)年、「木造観音菩薩立像(百済観音)1躯」と [...]…
旧法隆寺若草伽藍は7世紀初に建立されたようであるが、670年焼失した。 今の法隆寺の再建がほぼ成ったのは8世紀初といわれる。 ところで、「上宮聖徳太子伝補闕記」によれば、「旧法隆寺の全焼後、人々は新し [...]…
これらの仏像はすべて50センチ未満の小像で、1878年、法隆寺から天皇家に献納され、1945年の敗戦後国有となり東京国立博物館に収蔵、展示されている。57躯ある。 7~8世紀にかけての制作で、日本の彫 [...]…
法隆寺金堂内陣上方の小壁は、仏壇の上方を10区の柱間とそれをさらに二分して、縦139センチ、横71センチの20面の壁面としている。荒壁から仕上げ壁まで三層に塗り重ね、その上に質のよい白土を薄く塗った壁 [...]…
日本最古の木造建築で知られる法隆寺金堂に「釈迦如来三尊像」がある。聖徳太子の冥福を祈るため623(推古31)年に止利仏師に造らせた、ろう型鋳造による金銅仏である。 この像は、仏教が日本に伝来して初めて [...]…
敗戦後の日本で新しく国宝指定制度ができて、その第一号に指定されたのがこの「弥勒菩薩半跏思惟像」(宝冠弥勒)である。 「細い眼、はっきりした眉、それにつづく通った鼻筋によって、まことにすっきりと整えられ [...]…