1949年3月。民族教育弾圧の爪痕が色濃く残る校舎に60余人の生徒が集い、卒業式が挙行された。そのときに演奏された歌は「惜別の歌」だった。明るい行進曲調のその歌は、この先も日本社会でさまざまな困難に直 [...]…
ふと目にとまった写真。1950年代前半に撮影されたという「青年学校」の風景だった。青年たちが集まり、歌を習っている。目を凝らして黒板に書かれた歌詞を読み取ると、朝鮮戦争のさなか、1950年に創作された [...]…
「ふたたびやってくる、4.24の日が、血に染まった怨恨の日が…」 これは民族教育弾圧に抵抗する歌謡として創作された「4.24のうた」の冒頭の歌詞だ。近年では留学同学生によって上映された演劇「チョゴリ」 [...]…
在日朝鮮人の歴史を振り返るとき、いつもそこにあって、かたときも欠かさなかったものがある。民族教育と歌だ。そもそも朝鮮人と歌という話題は、語り出せば終わりがない永遠のテーマでもあるが、「解放」後70年以 [...]…