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ホーム » Posts tagged with » 高麗人参余話 (Page 4)

〈高麗人参余話 34〉連作障害(下)

人蔘は一般植物とは違い連作ができないため人蔘の収穫は「一代1回」とか「50年に1回」とか言われてきた。…

〈高麗人参余話 33〉連作障害(上)

人蔘は連作障害のひどい作物で人蔘を1度収穫した畑ではその翌年に続けて栽培できない。もしそれでも栽培した場合、初めの年あるいはそのあくる年までは人蔘の葉の生育にはっきりした異常を見つけられないまでも、根 [...]…

〈高麗人参余話 32〉土と水

人蔘は根のかたちを生命とする作物である。根のかたちを左右するものは土壌の理学的性質と雨、すなわち水分との関係である。人蔘づくりは土づくりから始まると言える。さらに人蔘づくりは土と水とを調和させる事だと [...]…

〈高麗人参余話 31〉日覆い

昔はワラで人蔘畑の屋根がけを行ったが会津地方ではほとんどが黒い布(寒冷紗)でできた日覆いを使っている。 太陽の光にどのように当たるのかは人蔘栽培で決定的な要因のひとつとなる。…

〈高麗人参余話 30〉栽培技術

陶弘景(梁の医学者、452~536年)の書いた中国最古の薬学書「神農本草経集 名医別録」には、三椏五葉 背陽向陰 欲来求我 椴樹相尋(3つの枝に五つの葉 陽に背を向け陰に立つ 我を求めに来るなら シラ [...]…

〈高麗人参余話 29〉近代の栽培

人蔘を農業的に栽培できるようになったことは、人類にとって大変喜ばしいことであるが、その道のりは長く苦労に満ちたものでった。現在、人蔘はざっと見て「韓国」で2000トン、中国では4000トン以上、日本で [...]…

〈高麗人参余話 28〉人蔘代往古銀

東京日本橋、三越本店の裏には日本銀行(日銀)本店があり、そのすぐ近くに日銀金融研究所 貨幣博物館がある。この博物館は日本および諸外国の貨幣約16万点を所蔵していて、そのうち重要なもの約5500点を厳選 [...]…

〈高麗人参余話 27〉対馬文書

昭和初年(1926年)から朝鮮総督府が刊行した「人蔘史」では人工栽培について朝鮮では18世紀後半に始まり、中国では、それよりもさらに100年近く遅れて農業化されたと記されていて人蔘栽培はあたかも日本が [...]…

〈高麗人参余話 26〉開城商人

最高の品質と権威をもった人蔘は開城産である。 その理由について開城の地質にはゲルマニウムが多く含まれているのでと言う人がいるが、本来人蔘は北緯34度から47度の間の地域に自生していたので気候、風土につ [...]…

〈高麗人参余話 25〉対外貿易

開城(開京)は朝鮮半島で初めての統一国家を打ち立てた高麗(918~1392)の首都であり、当時の政治、経済、文化の中心地であった。現在、38度線のすぐ北に位置し、街からはソウルの三角山が見渡せる軍事境 [...]…