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「人物で見る日本の朝鮮観その光と影」23人31回の連載を終えて

2年前、本紙の文化部記者から本題での連載を依頼された。私はかつて、「祖国統一新報」と「朝鮮時報」に同趣旨で執筆し、これに何人かを加えて36人分の原稿を一冊にまとめて本社から「日本の朝鮮侵略思想」(新書 [...]…

〈人物で見る日本の朝鮮観〉永井荷風

永井荷風(1879~1959)は小説家にして随筆家である。東京・小石川で父久一郎、母恆の長男として生まれた。荷風は「あめりか物語」「ふらんす物語」などで名を挙げ、「深川の唄」「すみだ川」などを次々に発 [...]…

〈人物で見る日本の朝鮮観〉南次郎(下)

南次郎は総督として朝鮮に赴任するや、統治に対する抱負を述べたが、その後も何回となく朝鮮統治の核心を明らかにする。1937年の元旦、彼は「年頭の辞」で「帝国本来の使命の達成は日満一体の理想実現の為め、我 [...]…

〈人物で見る日本の朝鮮観〉南次郎(上)

南次郎(1874~1953)は軍人にして政治家である。陸軍士官学校卒業後、騎兵少尉に任官以後、騎兵の実戦部隊の一員として日露戦争に出陣、大尉の身をもって功四級の金鵄勲章を授与された。その南が1930年 [...]…

〈人物で見る日本の朝鮮観〉宇垣一成(下)

宇垣は、非常に自負心の強い男である。それに、実に筆まめで、軍務多忙の中で「随想録」というぼう大な「日記」を3大冊も遺している。この「日記」によれば、日本国は、必ず自分を必要とする時が来ると信じている。 [...]…

〈人物で見る日本の朝鮮観〉宇垣一成(上)

宇垣一成(1868~1956)は、軍人で陸軍大将、日本陸軍の大立物であり、政治家でもある。明治元年に生まれ、19歳のとき陸軍士官学校に入学し、8.15敗戦後の1956年に88歳で没するまでの宇垣の生涯 [...]…

〈人物で見る日本の朝鮮観〉石原莞爾

石原莞爾(1889年~1949年)は、昭和期を代表する陸軍軍人の一人である。石原は、関東軍参謀の時、柳条湖事件を起こして満州事変に拡大し、武力をもって全満州を占領、まもなく、偽満州国を建国させた張本人 [...]…

〈人物で見る日本の朝鮮観〉高浜虚子

(1874~1959)は俳人にして小説家である。和歌、俳句を含めた詩歌革新を唱えた正岡子規が明治35(1902)年に没した後、子規に兄事していた虚子は、実質的にその後を継ぎ以後の明治後半期、大正、昭和 [...]…

〈人物で見る日本の朝鮮観〉浅川巧

浅川巧(1891~1931)は世俗的な意味で高名な人物ではない。本業は一介の林業技手(技師の下位)で、朝鮮に渡ってからは、本業と関連しては朝鮮の緑化事業に大きく貢献したことはもちろんであるが、それより [...]…

〈人物で見る日本の朝鮮観〉中野正剛(下)

中野は「同化政策論」中に「皇族を奉戴し、参政権を与へよ」という一項を立て「余は人類なるものの性情より推して、圧制の決して新附の民を御する所以に非ざるを説きたり。~鮮人に参政権を与ふるの準備をなすと同時 [...]…

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