18世紀のわが国を代表する画家は金明国(1600~1662以後)であろう。号は蓮潭または酔翁といい。画員に選ばれ、その教授となった。彼は山水と人物をともに良く描き、また「達磨図」のような優れた禅宗画を [...]…
わが国の大学者、栗谷・李珥(リイ)(1536~1584)の母親として有名な申師任堂(1504~1551)は知的な家庭に育ち、父からは学問、そして母からは女性としての教養を学んで賢婦人となった。 19歳 [...]…
「靄(もや)のはれゆく仁旺山」この画こそ、朝鮮独特の写実的画法である「真景山水画」を完成させた鄭●(善に攵)の代表作といえる作品であるし、わが国の近世絵画史を通じて傑作中の傑作といえる力作である。…
前回の「金剛全図」のいちばん左下に小さく描かれていた長安寺と、その前の飛虹橋を主題として描かれたもの。鄭●(善に攵)はこの場所が好きだったようで何点も同じ画題で描いている。…
鄭●(善に攵)はれっきとした両班の家に生れ、幼年の頃から儒学を学び、少年の頃、すでに学識の豊かさを認められて、王世子の学友(衛率=위수)に選ばれ、その一方で絵の才能を発揮した。…
開城からバスで1時間ほどで行ける「朴淵の滝」は、昔から有名で、多くの文人たちが遊覧して漢詩にもうたわれている。実際そこに行って河原を歩くと李朝白磁の破片があちこちに散らばっていて、酔客たちの夢の跡を見 [...]…
鄭●(善に攵)(1676~1759)は、朝鮮朝画壇ではじめて中国式の山水画の束縛から抜け出して、愛する自国の山水図を独特の手法で、写実的に描きはじめた人である。…
この美人は、おそらく当時の名高い妓生の一人をえがいたものであろう。いくつも渦巻きをなす華やかな黒髪の下の明眸。眉細く鼻筋とおり、小さな唇は花びらのように鮮やかである。…