若者たちに受け継がれる朝・日友好のバトン 1982年に初めて開催された高麗野遊会は今年32回目の開催。今回の高麗野遊会には第1回目からの参加者から、初参加の10代の若者まで、幅広い年代の人々が共に焼肉 [...]…
日朝友好新潟連絡会の発足式が11日、新潟市の朱鷺メッセで、日本の有志たちと総聯新潟県本部の関係者約120人の参加のもと行われた。新潟において日本と朝鮮の草の根レベルの交流を通じて、両国の国交正常化や東 [...]…
朝鮮伝統の禁煙法? 「日本からのお客さん、お酒は飲まれないのですか」。ふらりと冬の夜の羊角島国際ホテルのバーに入って来たその男性は、羊角島国際ホテルの名物だという、黒生ビールの入ったジョッキをあっとい [...]…
赤いシャツを着こみ、手には共和国旗。日本人の私が5月1日に行われた世界卓球南北戦の朝鮮側応援席に座ったのは、某雑誌社の観戦記取材のため…、もあるが、実は朝鮮ポップス鑑賞がその大きな目的だった。…
背中越しに聞いたどや声 朝鮮ツアーの車内は騒がしい。案内員は流ちょうな日本語で、懇切丁寧にガイドを続ける。「あちらが労働新聞社の建物です」。「おぉー」。響くシャッター音。「こちらは永生塔です」。「すげ [...]…
ツンの壁を壊した日 2004年2月。真冬の大同江の中州に立つ羊角島国際ホテルは、まるで冷蔵庫のようだった。亀がのんびりと泳ぐ大きな水槽のあるカフェ。高い天井のロビーに漂う空気は冷たい。カウンターに座る [...]…
2002年の9.17以降、日本列島の風景は一変した。それを辺見さんは、翌年1月の福岡での講演会で、「マスコミあげての洪水のような北非難が続いている。感情的、情緒的な北朝鮮暗黒帝国物語の垂れ流し。これが [...]…
手を取り合い関係正常化を 朝・日友好新春の集いが3月15日、栃木県宇都宮市で行われた。総聯栃木県本部の崔朝雄委員長、日・朝友好栃木県民の会の大出勝久会長をはじめとする関係者約40人が参加した。 集いで [...]…
“厳しい状況下でもあった日朝の交流” 日本の敗戦から翌年秋までの一年余りの期間に、朝鮮北部にいた40万人ほどの日本人のうち、約3万4千人が死亡するという悲劇が起こった。その遺骨のほとんどはいまも朝鮮各 [...]…