王子を選ぶ 「朝鮮王朝実録」には、ある雪の夜、風流を求めて宮中を抜け出した朝鮮王朝第三代王太宗の長子譲寧(ヤンニョン)大君が、輿から降りて家に入ろうとしている絶世の美女を目に留めた、という件がある。於 [...]…
肖像画が京都で発見 前代未聞、妓生の肖像画を祭る 妓生の肖像画が存在し、その妓名と肖像画の由来が明らかにされ、ましてや1815年当時には藏香閣という祠に祭られ、年に一度祭祀が行われていたというから驚き [...]…
「貞節」絶対視する不条理 嫁してすぐに夫が病死 洪氏(17世紀)の死に際して、当時の学者李栽(リ・ジェ 1657~1729)は自身の文集「密菴集」(ミラムチプ)に、彼女が「烈婦」に叙せられたいきさつを [...]…
実家と嫁ぎ先から最大の賛辞 女性に対する抑圧が社会的に強化されていった17世紀の朝鮮王朝時代、「家督を継がせたい」と父に言わしめた女性はそう多くはいないだろう。 淑人(正三品堂下官と従三品文武官の妻に [...]…
当代きっての権力者を横領で訴える 妓生から奴婢に 景伊(キョンイ)は元々、南怡(ナム・イ、1441~1468)の妾妓であり、妓名は卓文児(タク・ムナ)、舞踊の名手でとても美しかったという。 彼女を愛し [...]…
父王の溺愛 和緩翁主(ファワンオンジュ=1737~1808)は朝鮮王朝第21代王英祖の娘であり、米櫃に閉じ込められ餓死した思悼(サド)世子の実妹であり、22代王正祖の叔母でもある。…
たとえ廃位になろうとも 忠誠心の行方 王族と運命を共にした宮女たちは、最後まで忠誠を尽くした者とそうでない者がいる。光海君の宮女というと金介屎(キム・ゲシ、連載2010.9)が特に有名だが、他にも光海 [...]…
切々と綴る亡夫への恋文 イギリス考古学ジャーナル「ANTIQUITY」の表紙を飾る 2009年3月、約400年前の朝鮮女性の手紙の原文が英国の考古学ジャーナル「ANTIQUITY」の表紙を飾り、また安 [...]…
早くに母を亡くし 今も昔も相続にまつわる興味深い話は多い。 18世紀の朝鮮王朝時代、成均館の儒生だった任敬周(イム・ギョンジュ)は、自著「靑川子(チョンチョンジャ)稿」に「何氏女傳」と題して、夫に弟を [...]…
朝鮮の主権確立を夢見て 清の人質となり 丙子胡乱(※)の後、降伏を決意した朝鮮王朝第16代王仁祖は、1637年1月30日に漢江南岸の三田渡にある清軍本営に出向き、清の太祖ホンタイジが天子であることを跪 [...]…