「飯が食えるから」と恩師 「苦難の道の果ての大輪の花」-評論家の故寿岳章子さんが1981年、朝鮮大学校の創立記念日に寄せて詠んだ歌である。多くの人々の労苦によって、計り知れないほどの困難に打ち勝って築 [...]…
祖国統一こそ幸せの源/第5歌集「一族の墓」刊行 元ハンセン病患者で盲目の歌人、金夏日さん(82)が第5歌集「一族の墓」を刊行した。 「在日を生きる貧しさ苦しさもみな歌にして書き溜めしもの」 「わが兄が [...]…
第一線でキャリア磨く 自叙伝「がむしゃら人生」を上梓したばかりの黄さん。4年前の夫の死から立ち直り、せめて子どもや孫たちに母親の生き方を知って、「人から後ろ指を指されないよう、正直で誠実な人生を歩んで [...]…
祖国一筋の道で歩む幸せ 東京・江戸川同胞生活相談総合センター1階に併設されたデイハウス「うりまだん」。 この地に生まれ、育ち「江戸川の顔」と呼ばれている女性同盟東京都本部顧問の尹貞淑さん(78)。開設 [...]…
「夫の祖国は、わたしの祖国」 朝鮮全土で3.1独立運動が沸き起こった90年前の1919年、中国東北地方吉林省延吉(旧間島省省都)で産声をあげた男子がいた。近代国家樹立をめざす守旧派政権打倒のクーデター [...]…
「人情や思いやりを大切に」 20歳で13歳年上の夫と結婚。無学の人が多かった時期、読み書きができて、演説のできた夫をオモニが気に入ったのだった。 結婚後は、女性同盟山口県本部小野田支部の宣伝部副部長( [...]…
大きかったオモニの存在 「咲いても咲いても果てない強い花のように」-愛媛のオモニたちの親ぼく会「ムグンファ」(89年改称)は来年、結成30周年を迎える。鄭さんは、ここでオモニたちの中心となり、活動を広 [...]…
夫の死、絶望感を乗り越え 解放を迎えた済州島。日本軍が去った島には、日本から戻ってきた6万人あまりの島民がひしめきあっていた。だがそこも安住の地ではなかった。日本に根こそぎ奪われた島の米びつは空っぽ。 [...]…
虐殺の狂風を免れて 済州島の4月はとりわけ美しいという。明るく鮮やかな菜の花が、島いっぱいに咲き誇るからだ。 今年米寿を迎えた李性好さんの胸をせつなくさせるのもまた、幼い日、黄色の花畑のなかで遊んだ記 [...]…
「祖国こそ命」後代に伝えて 祖国平和統一協会副会長、女性同盟千葉支部顧問を務める申さんには忘れがたい記憶がある。数十年前、まだ、初級部に通っていた息子に聞かれたことがあった。 「オンマ、『アリラン峠』 [...]…