東京第4初中の人工芝完成祝賀会が、10月30日、同校で行われた。 祝賀会には、総聯足立支部の李尚晳委員長、同校呉英哲校長、「足立未来遺産企画2016」の呉顯実行委員長をはじめとする同胞、日本市民、関係 [...]…
「分会委員会は月曜日に行っています。なぜかというと…」。とある分会長の話に、筆者も思わず首を縦に振ってしまった。委員会後の食事会が盛り上がり、二次会、三次会が毎回続くと、財布だけでなく健康にもよくない [...]…
同胞のために尽くす日々 東京第4初中の敷地内で07年に開設した高齢同胞福祉施設「デイサービスセンター朝日」。ここで介護技術指導員として働く。「総聯組織、同胞社会を守ってきた人たちは想像もできない苦労の [...]…
本紙1月の紙面には、華やかなチョゴリと新調したスーツに身を包んだ若者たちの笑顔が並んだ。成人を迎えた同胞青年たちは、今まで支えてくれたすべての人たちへの感謝を述べながら、同胞社会のために生きていくこと [...]…
歴史と伝統受け継ぐ思いを胸に 東京朝鮮第4初中級学校創立70周年記念、大同窓会・同胞祝祭「ふれ愛コリアフェスタ2015」が13日、同校運動場で催され、在学生、教員、卒業生、地域同胞 、日本市民ら約12 [...]…
1945年9月13日。祖国解放の喜び溢れる中、足立同胞たちは足立区本木町に国語講習所を設置し、朝鮮語教育に情熱を傾けた。生徒数20人、教員3人のスタートだった。 済州島や慶尚南道出身者が大半を占めたこ [...]…
統一への道しるべ 済州島で生まれ、忠清南道広州で解放を迎えた呉顧問。「植民地下で虐げられた私たちにとって、人生で初めて感じた歓喜の瞬間だった」と振り返る。李承晩政権を反対する学生運動に身を投じ、仁川の [...]…
同胞たちの故郷、団結の中心地 祖国解放を兵庫で迎えた。解放前、生活難の中で父は徴用され、母はぼろひろいをしていた。私は弟たちを見なければならなくて、学校には行けなかった。解放後、オモニが夜学で学んだウ [...]…
世代を超えて深まる絆 入学したときは、木造の校舎で学んだ。1966年に鉄筋4階建ての新校舎が竣工したときは、荒川の土手いっぱいに集まった同胞たち、そして私のアボジを含む商工人や教員たちが誇らしげに学生 [...]…