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「近くて遠い国」/いま振り返る朝・日関係史(6)

「近くて遠い国」/いま振り返る朝・日関係史(6)

東北アジア平和に寄与する二国間関係 平壌宣言/首脳会談で合意した精神と原則 世紀の変わり目で朝鮮半島の分断と対決に終止符を打つ「英断」が下された。 日本の謝罪を明文化 2000年6月、分断史上初の北南 [...]…

新秩序構築に関する構想と目標

新秩序構築に関する構想と目標

朝・日双方は、平壌宣言で「東北アジア地域の平和と安定を維持、強化するため、互いに協力していくことを確認」した。(四項) 朝鮮は自主の原則に基づく外交路線を堅持してきたが、対米関係を外交の基本軸とする日 [...]…

拉致再調査と「偽遺骨」説

拉致再調査と「偽遺骨」説

2014年、朝鮮は拉致被害者および行方不明者を含む「全ての日本人」に対する「包括的、全面的調査」に着手した。ストックホルム合意によると朝鮮側は、「過去、朝鮮が拉致問題に関して傾けてきた努力を日本側が認 [...]…

「近くて遠い国」/いま振り返る朝・日関係史(5)

「近くて遠い国」/いま振り返る朝・日関係史(5)

基本問題は「日本の過去清算」 三党共同宣言と国交正常化交渉/合意履行を妨害した冷戦勢力 東西冷戦の象徴だったベルリンの壁が崩壊した年、朝・日関係でも長く続いた葛藤と対決の終焉を模索する動きが現れた。 [...]…

「近くて遠い国」/いま振り返る朝・日関係史(4)

「近くて遠い国」/いま振り返る朝・日関係史(4)

 非正常な関係が生んだ特異な事件 「よど」号と赤軍派メンバー/国交のない地に降り立った経緯 「近くて遠い国」といわれた朝鮮と日本の非正常な関係は、両国間に葛藤と不信の悪循環をもたらした。相互理解が欠如 [...]…

「近くて遠い国」/いま振り返る朝・日関係史(3)

「近くて遠い国」/いま振り返る朝・日関係史(3)

「朝鮮敵視」、「韓国偏重」の制度化  日韓条約の締結/朝鮮分断体制への加担 在日朝鮮人を乗せた第1次帰国船が新潟を出航した翌年の1960年4月、南朝鮮で李承晩政権を打倒する人民蜂起が起こった。親米独裁 [...]…

「近くて遠い国」/いま振り返る朝・日関係史(2)

「近くて遠い国」/いま振り返る朝・日関係史(2)

「解放民族」と「敗戦国民」、異なる施策 双方居留民の帰国事業/未完の戦後処理プロセス 朝·日関係樹立の意向を表明した南日外相声明(1955.2.25)の発表後、朝・日双方居留の帰国問題が現実的な課題と [...]…

「近くて遠い国」/いま振り返る朝・日関係史(1)

「近くて遠い国」/いま振り返る朝・日関係史(1)

敗戦70年が過ぎても日本は過去の侵略と植民地支配の罪を清算していない。米サンフランシスコで連合諸国と講和条約を締結した後、アジアの国々と二国間交渉を行ったが、隣国である朝鮮民主主義人民共和国は除外され [...]…

ジュネーブ会議の決裂と戦争の継続

ジュネーブ会議の決裂と戦争の継続

1953年7月27日に締結された朝鮮停戦協定第4条60項は、「3カ月以内にそれぞれの代表を派遣し、一級高い政治会談を招集」して「外国軍隊の撤退と朝鮮問題の平和的解決の問題を協議」すると規定している。…

単独講和と日米安保

単独講和と日米安保

1951年9月8日、サンフランシスコ講和会議の結果として締結された条約には、第二次世界大戦の連合国の内、48カ国が署名したが、その大半は、日本と直接交戦していない国々であった。日帝の敗亡に貢献した中国 [...]…