金貞花・女性同盟中央顧問(81)=千葉県市川市=の両親は慶尚道で生まれ、生活の糧を求めて渡日。貞花さんが物心つく頃は日本各地の労働現場を行き来しながら、暮しを立てていた。解放を迎えたのは岡山市の郊外の [...]…
具賢敦さんは慶尚南道梁山郡で貧農の5人兄弟の末っ子として生まれた。植民地統治下、村の夜間学校に通ったが日本人教師から日本語の教育を受けた。…
1945年8月15日、当時16歳だった金児筆さんは、友だちと連れ立って海へ泳ぎにでかけていた。友だちの知らせを受け急いで家に帰ったとき、下関のトンネは不気味な静けさに包まれていたという。それが夕方頃に [...]…
70年以上の歳月が過ぎた今でも鮮明に覚えているのは、解放前にあった故郷での出来事だという。 朴在洙さんは慶尚南道・巨済島付近の島の30棟ほどしかない小さな村で暮らしていた。ある日、結婚して間もない村の [...]…
金勝沢さんが学生時代に目の当たりにした祖国統一の熱気は、いま思い出すだけでも胸が熱くなるという。 1970年1月生まれの金さんの東京朝高時代は、8.15にちなんだ大規模な祝祭があったり、多様な統一行事 [...]…
70年前の祖国解放当時の雰囲気について、「解放の喜びで沸いただけではなかった」と金哲秀さんは指摘する。同胞の心には歓喜と恐怖心が混在していた、というのが当時の文献からわかるという。 恐怖心とは具体的に [...]…
「北と南の舞台に立つ幸せは、言葉では表現できないものだ」。金剛山歌劇団に入団して22年目の宋栄淑さんはこう振り返る。 2000年12月に行われた初の南朝鮮公演。夢のような時間が過ぎた。「統一祖国は夢で [...]…
1947年6月6日に大阪府茨木市に生まれ、日本の学校を経て、朝大通信教育学部を卒業。1968年4月、北大阪初中を皮切りに初・中・高・大学の教壇に立ち続けて48年目になる。 李さんは解放後に生まれた2世 [...]…
朝鮮の自主的平和統一を支持する長野県民会議と松本市民会議が共催する日朝問題学習会が7月18日、総聯長野県本部会館講堂で行われた。 主催団体メンバーと県内の活動家、同胞たち約80人が参加した。…
「日朝国交正常化の早期実現を求める市民連帯・大阪」共同代表の有元幹明さんの傘寿(80)を祝う会が、同団体と総聯大阪府本部の呼びかけにより5日、市内の中華料理店で行われた。 有元さんは1970年代から現 [...]…