「朝鮮陶磁史上、最も重要な遺品」などすべて持ち出す 当時、ソウル市内の名高い高麗青磁コレクターとして鮎貝房之進、阿川重郎らがいた。また骨董店を構え、高麗青磁の販売を専業とした近藤佐五郎という男もいた。 [...]…
“未来を見据えた明確なメッセージに感動” 金剛山歌劇団札幌公演(主催=同実行委)が、10月9日、札幌市教育文化会館で行われ、昼・夜公演合わせ1361人が観覧した。 この日会場には、札幌市議会副議長で札 [...]…
今から37年前、日本列島は空前のピョンコマ(ピョンヤン学生少年芸術団)ブームに沸きに沸いた。当時、子どもだった人は今すでに壮年期を迎えただろうが、彼らの胸には「永遠のピョンコマ像」が刻まれ、その輝きは [...]…
2年ぶりの訪朝 「東京・平壌虹の架け橋」第四次訪朝団(団長江口済三郎氏)の一員として平壌を訪問した。昨年は訪朝直前に腰痛になり行かれなかったので2年ぶり、6回目の訪朝だった。まず、新築改装のなった平壌 [...]…
所変わればゴキブリも「神様」 昆虫博士:前回、昆虫食を通して私たちの生活と昆虫との関係について話しましたが、最も私たちの生活に「身近な昆虫」って、セミやトンボよりも、ゴキブリや蚊、ハエとかじゃないかな [...]…
李桂筍は1914年11月15日、咸鏡北道明川郡の貧しい農民の家庭で生まれた 。生きるため家族は吉林省和龍縣徳新溝金谷村に移住し焼畑農業をし、どうにか生計を維持していた。村で一番貧しかった桂筍の家であっ [...]…
“感謝の気持ちを伝えたい” 来る11月13日、東京朝鮮歌舞団結成50周年記念公演が、東京・北区の北とぴあで行われる。同歌舞団の結成記念公演に向けて、現在練習漬けの日々を送っている団員たち。…
目に見える問題と見えない問題 現在、公立学校(県立高校と市立中学校)と、いくつかのウリハッキョでも不定期にスクールカウンセラーとして相談活動をしています。相談の内容を類別すれば大体どこも似ているなとの [...]…
「40余年目に祖国を訪ねた李仁洙、李光勲の2人の同胞高齢者が1月28日(1966年)の朝、日本に帰ってきた。…40余年前、日本に来たとき、誰が港で迎えてくれただろうか」。こんな出だしで、朝鮮新報は初め [...]…
「算盤と剣、そして銃」を持った武装強盗 濡れ手に粟をもくろんだ墓盗人の日本人を含め、朝鮮に植民してきた当時の日本人の品性の下劣さについて、日本人自身が次のような文章を残している。 筆者の釈尾旭邦は19 [...]…