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ホーム » Archives by category » 文化 (Page 309)

〈朝鮮近代史の中の苦闘する女性たち〉記者・李珏璟

李珏璟は、1920年、毎日申報(1910.8.30創刊)の公開採用試験に合格、デビューした「婦人記者」第1号である。 資料不足のため彼女についてはあまり知られていないが、漢城高等女学校の学籍簿によると [...]…

〈高麗人参余話 28〉人蔘代往古銀

東京日本橋、三越本店の裏には日本銀行(日銀)本店があり、そのすぐ近くに日銀金融研究所 貨幣博物館がある。この博物館は日本および諸外国の貨幣約16万点を所蔵していて、そのうち重要なもの約5500点を厳選 [...]…

〈若きアーティストたち 19〉ドラマー・金智英さん

「アンニョンハセヨ!」と、さわやかな笑顔であいさつする金智英さん(24)。ステージの上では汗を散らせながらハードな演奏をしていたが、間近で見る彼はさらさらヘアのベビーフェイスな青年だった。…

朝鮮で歴史、民俗伝統関連の本多数出版

23日付の朝鮮中央通信によると、民族の伝統と文化を正しく継承するため、朝鮮の多くの出版社が昨年1年間、朝鮮の歴史と民俗伝統を紹介する多数の図書を出版した。 社会科学出版社では図書「朝鮮の歴代国号」を出 [...]…

〈朝鮮近代史の中の苦闘する女性たち〉飛行士・権基玉

権基玉は、今から約80年もの昔空を飛んだ朝鮮の女性パイロット第1号である。 父の道楽による貧しい家庭環境の中、12歳になってようやく小学校に入学した彼女は、1917年16歳のとき、平壌の上空で行われた [...]…

〈高麗人参余話 27〉対馬文書

昭和初年(1926年)から朝鮮総督府が刊行した「人蔘史」では人工栽培について朝鮮では18世紀後半に始まり、中国では、それよりもさらに100年近く遅れて農業化されたと記されていて人蔘栽培はあたかも日本が [...]…

〈人物で見る日本の朝鮮観〉雨森芳洲(下)

正徳年の朝鮮通信使問題は新井白石が主役である。白石は師順庵の推挙で甲府藩主徳川綱豊の侍講になるが、五代将軍綱吉は綱豊を後継者にし、綱豊は名を家宣と改めて、江戸城に入り、六代将軍を襲位する。これにより白 [...]…

〈高麗人参余話 26〉開城商人

最高の品質と権威をもった人蔘は開城産である。 その理由について開城の地質にはゲルマニウムが多く含まれているのでと言う人がいるが、本来人蔘は北緯34度から47度の間の地域に自生していたので気候、風土につ [...]…

〈人物で見る日本の朝鮮観〉雨森芳洲(上)

江戸期、朝鮮通信使は12回来日しているが、この通信使との接触という点で雨森芳洲(1668~1755)ほど、接触回数の多さと接触時間の長かった人物は他にいない。また、世に現れた少なからざる芳洲に関する評 [...]…

〈高麗人参余話 25〉対外貿易

開城(開京)は朝鮮半島で初めての統一国家を打ち立てた高麗(918~1392)の首都であり、当時の政治、経済、文化の中心地であった。現在、38度線のすぐ北に位置し、街からはソウルの三角山が見渡せる軍事境 [...]…