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ホーム » Archives by category » 文化 (Page 294)

〈高麗人参余話 27〉対馬文書

昭和初年(1926年)から朝鮮総督府が刊行した「人蔘史」では人工栽培について朝鮮では18世紀後半に始まり、中国では、それよりもさらに100年近く遅れて農業化されたと記されていて人蔘栽培はあたかも日本が [...]…

〈人物で見る日本の朝鮮観〉雨森芳洲(下)

正徳年の朝鮮通信使問題は新井白石が主役である。白石は師順庵の推挙で甲府藩主徳川綱豊の侍講になるが、五代将軍綱吉は綱豊を後継者にし、綱豊は名を家宣と改めて、江戸城に入り、六代将軍を襲位する。これにより白 [...]…

〈高麗人参余話 26〉開城商人

最高の品質と権威をもった人蔘は開城産である。 その理由について開城の地質にはゲルマニウムが多く含まれているのでと言う人がいるが、本来人蔘は北緯34度から47度の間の地域に自生していたので気候、風土につ [...]…

〈人物で見る日本の朝鮮観〉雨森芳洲(上)

江戸期、朝鮮通信使は12回来日しているが、この通信使との接触という点で雨森芳洲(1668~1755)ほど、接触回数の多さと接触時間の長かった人物は他にいない。また、世に現れた少なからざる芳洲に関する評 [...]…

〈高麗人参余話 25〉対外貿易

開城(開京)は朝鮮半島で初めての統一国家を打ち立てた高麗(918~1392)の首都であり、当時の政治、経済、文化の中心地であった。現在、38度線のすぐ北に位置し、街からはソウルの三角山が見渡せる軍事境 [...]…

〈高麗人参余話 24〉栽培の始まり

高麗人蔘の自生地であるウリナラではいつごろからどこの地域で誰により栽培が始まったのだろうか。はっきりした資料が見当たらないのである。…

〈高麗人参余話 23〉花と種

人蔘の花はとても小さくてかれんな形をしている。開花の時期が短いので見逃すことが多い。栽培人蔘は一般的に3年生から花がつき始める。3年目に茎の中央から分かれ出て、その先に花のつく短い柄の部分・花梗が出て [...]…

〈若きアーティストたち 18〉ディスクジョッキー・金明順さん

〈若きアーティストたち 18〉ディスクジョッキー・金明順さん

関西地方で放送されているラジオ番組FM802で「みょん」の愛称で親しまれているDJの金明順さん(24)。元気いっぱいのトークで「MIDNIGHT STRUT」(毎週金曜 深夜3時〜5時)を盛り上げてい [...]…

〈高麗人参余話 22〉人参の葉

山で山蔘を見つけようとするなら葉っぱの形を見て探す他はない。山中にあるウコギ、タラノキ、山ウルシ、モチノキの葉などは山蔘の葉とまちがいやすい。山蔘の葉は葉っぱの色が黄色味を帯びた薄い緑色をしているが、 [...]…

〈朝鮮近代史の中の苦闘する女性たち〉啓もう運動家・崔容信

崔容信は、祖国の解放は民族意識の覚せいからという信念に基づき農村啓もう運動に生涯をささげた女性である。 1909年、咸鏡南道徳源郡(現在の元山市)の貧しい家庭に生まれた彼女は、代々正しいことを重んじ、 [...]…