過日、関東大震災時朝鮮人虐殺90周年を考えるパネルディスカッションにて発言する機会があった。当時の日本人民衆が示した暴力性は今日も変わっていないばかりか、再生産されているという趣旨で話したのだが、発言 [...]…
淵蓋蘇文は、614年高句麗の首都、平壌西部(東部とも言われる)の大人である淵太祚の子として生まれた。淵太祚は、50歳を過ぎてからようやく息子一人ができ、その名を蓋蘇文とした。 人々は蓋蘇文のことを、夫 [...]…
朝鮮戦争時に略奪/民族が力を合わせ 朝鮮戦争(1950~53年)時、米軍がソウルから持ち去った朝鮮王朝時代の金印が、北南人士の粘り強い調査、運動によって年内に返還されることが決まった。その経緯について [...]…
平壌秋季国際商品展覧会の開幕日(9月23日)には出品企業などを対象にした、朝鮮対外経済協力委員会主催による投資説明会が高麗ホテルで行われた。…
兢斉(긍재、きょうさい(ルビ)金得臣(1754-1822)は、一家がみな画員で、金弘道の影響を大きく受けながら、風俗画では独自の境地を開拓した。この画はそれをよく表している。…
壁画は細い線で輪郭を描き、薄緑色、藍色、薄赤色、濃い灰色などを調和させながら塗ることにより、その華麗さは例えようもなかった。 一気に引いた太くて濃い線、細くて柔らかな線で性格を生かして運動感を引き出さ [...]…
ウリハッキョ特有の感性と表現 「高校無償化」問題が示すように在日朝鮮人の民族教育を取り巻く環境が益々厳しさを増している状況の中、同胞たちと多くの日本市民たちの温かい声援を受け開催される在日朝鮮学生美術 [...]…
在日朝鮮人の根っこ(ルーツ)を探して 12日の東京展を皮切りに、全国巡回展がスタートした第42回在日朝鮮学生美術展(=以下、学美)。 毎年、会場に足を運ぶたび新しい感動に包まれるこの展覧会で、今年はま [...]…
生まれ育った故郷とその地に対する懐かしさで夜も眠れないでいたある日の夜、曇徴はすでに精製しておいた色彩の材料を一つひとつ試したうえで、努めて自分を落ち着かせて壁面に向き合った。しかし、依然として気持ち [...]…