高句麗仏教の隆盛は当時つくられた寺院、仏像、古墳壁画などからうかがえる。仏像の銘文には賢劫千仏(多くの賢人が現れて衆生を救うとされる)、弥勒菩薩像(釈迦の予言により56億7千万年後にこの世に現れるとさ [...]…
前回からしばらく間が開いたので、連載再開にあたり閑話休題、というわけでもないが、少し趣向を変え今回は現代作家を取り上げようと思う。2009年、村上春樹が発表し爆発的なセールスで社会現象となった「1Q8 [...]…
今回からは、わが国の誇る文化遺産であり、多くの人に愛好される朝鮮時代の陶磁器を、いくつかの種類に分けて紹介していくことにしよう。いわゆる「李朝」と呼ばれる陶磁器は、大きく粉青沙器と白磁に分けられるが、 [...]…
民衆の信仰心と共に 朝鮮に初めて仏教が伝えられ公認されたのは高句麗小獣林王2(372)年のことだ。それから仏教は1700年にわたって朝鮮民族の生活文化に根差し、自然崇拝の信仰から人間本来の価値と自我に [...]…
高句麗の武士たち 敗戦の翌年(613年)、隋は3度目の遠征軍を編成した。 「隋書」は当時の状況を次のように伝えている。 「天下の人は労役のために死に、家は破産した。天子の親征は、3度遼東に進み、糧秣を [...]…
日本の敗戦後、湯浅が最初に書いた短編「旗」(1946)では、朝鮮民衆が「独立万歳」に沸くなか、主人公は「(日本が)負けたことを一度は悲しんで、それからお祝ひとは行かないかな。さう行けば理想的なんだがな [...]…
金銅釈迦如来坐像(奈良県明日香村飛鳥寺) 高句麗の勝利には外交上の成果を無視できない。 高句麗は隋の不穏な動きを見て、百済とその同盟国である倭との善隣に力を注いでいる。高句麗の嬰陽王は、文帝の恫喝を受 [...]…
前回まで中島敦のことを書いたが、中島と京城中学校で同級だった湯浅克衛(1910~1982)がいる。もはや今日ではほとんど知られていないが、生涯朝鮮を書き続けた数少ない日本の作家である。中島と同じく植民 [...]…
広開土王碑(レプリカ 朝鮮大学校) 朝鮮史上もっとも強大な国家、高句麗は栄光の時代である。 その偉大な足跡を大きく分けて見ると次のようになる。 ①建国から一大強国に成長した時代 朱蒙による建国に始まっ [...]…