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ホーム » Archives by category » 文化 » 歴史 (Page 30)

〈ハングルの旅 17〉辞典の編纂に一生を捧げる

〈ハングルの旅 17〉辞典の編纂に一生を捧げる

李克魯(リグンノ1893~1978)は 周時経(チュシギョン1876~1914)の弟子ではなかったが、第2の周時経と言われるほどハングルをこよなく愛し朝鮮語の発展に尽くした人物である。…

〈朝鮮仏教と私たち 49〉高麗時代をしのぐ出版

〈朝鮮仏教と私たち 49〉高麗時代をしのぐ出版

朝鮮 仏教経典の刊行 朝鮮王朝時代、仏教は抑圧されたが仏教経典の刊行は高麗時代を凌ぐほどであった。…

〈歴史×状況×言葉 27〉谷崎潤一郎/植民地主義的な「美意識」によって

〈歴史×状況×言葉 27〉谷崎潤一郎/植民地主義的な「美意識」によって

文豪・谷崎潤一郎は、1918年、中国旅行のため朝鮮を経由したが、一週間足らずの朝鮮滞在について「朝鮮雑観」という小文を書いた。 はじめに到着した釜山の朝の印象は、「飽くまでも青く青く澄んで透き徹ってい [...]…

〈朝鮮仏教と私たち 48〉父・思悼世子の名誉回復と孝心

〈朝鮮仏教と私たち 48〉父・思悼世子の名誉回復と孝心

朝鮮 正祖と父母恩重経 壬辰倭乱(イムジンウェラン)で義僧軍の活躍により仏教蘇生の機運が一時的に高まったが長くは続かなかった。英祖(ヨンジョ)(1724-1776)の怒りに触れ米櫃に閉じ込められ若くし [...]…

〈朝鮮仏教と私たち 47〉泗溟大師・惟政(下)

〈朝鮮仏教と私たち 47〉泗溟大師・惟政(下)

加藤清正と直談判に臨む 壬辰倭乱(イムジンウェラン)で戦った義僧軍指揮官になった惟政(ユジョン)・霊圭(ヨンギュ)・義厳(ウィオム)・處英(チョヨン)等僧侶のほとんどは西山大師(ソサンデサ)の門徒であ [...]…

〈朝鮮仏教と私たち 46〉泗溟大師・惟政(上)

〈朝鮮仏教と私たち 46〉泗溟大師・惟政(上)

壬辰倭乱後、日本との国交再開の大任 護国の伝統を打ち立てた西山大師(ソサンデサ)の下には千人を超える弟子たちが育ち泗溟大師(サミョンデサ)・惟政(ユジョン)を初めとする鞭羊彦機(ピョニャンオンギ)、逍 [...]…

〈本の紹介〉洪成潭 光州「五月連作版画―夜明け」ひとがひとを呼ぶ

〈本の紹介〉洪成潭 光州「五月連作版画―夜明け」ひとがひとを呼ぶ

5.18そして3.11後の日本 1980年5月、光州はおびただしい血と土ぼこりにまみれた。軍事独裁政権による民衆の大虐殺。街は瞬く間に「屠殺場」と化し、人々が戒厳軍の銃剣にずたずたに引きちぎられ、吹き [...]…

〈朝鮮仏教と私たち 45〉西山大師・休静(下)

〈朝鮮仏教と私たち 45〉西山大師・休静(下)

無所有と淡白に生きて 西山大師(ソサンデサ)は献身的菩薩(ポサル)精神を発揮して国難の克服に尽くし護国の代名詞として歴史にその名を刻んだが朝鮮時代、消えてなくなりそうになった法灯を回復し、分裂した仏教 [...]…

〈歴史×状況×言葉 26〉中西伊之助/虚偽に満ちた「『不逞』のイメージ」

〈歴史×状況×言葉 26〉中西伊之助/虚偽に満ちた「『不逞』のイメージ」

日本の近隣諸国、とりわけ中国での反日行動が連日マスコミで取り沙汰された。中国側の「理不尽」で過激な「暴動」という表象がセンセーショナルに繰り返され、それへの嘲笑と敵意そして恐怖を交えたイメージを再生産 [...]…

仲尾宏さんが講演「雨森芳洲の多文化共生論」

仲尾宏さんが講演「雨森芳洲の多文化共生論」

違い認め、真実で交わる「誠心」を/朝鮮通信使から学ぶ外交の原点 仲尾宏・京都造形芸術大学客員教授による講演会「雨森芳洲の多文化共生論」(主催=金剛山歌劇団滋賀公演実行委員会)が9月21日、滋賀県大津市 [...]…