新羅は成立後、隣接する小国を統合しつつ徐々に力を強めた。 新羅では、早くから稲作をはじめとする農業が発展し、それに伴い灌漑水利事業も幅広く進められた。 また、手工業が発展し、特に貴金属の材料はその質が [...]…
各地に官吏派遣、善政を施す 王位継承と聖君への路 新羅26代王眞平王が後継ぎなく没すると、その王女である德曼が後を継ぎ27代王、聖徳女王(?~647)となった。新羅初の女王である。 「三国史記」には眞 [...]…
1月に「YOいっション」発足 水面がきらめく津軽海峡に面した立待岬(北海道函館市)は、11月ともなると身を切るような冷たい風が吹き、断崖絶壁に押し寄せる荒波がしぶきをあげる。戦時中、強制連行あるいは [...]…
彼らが卵の中の男の子を東側の泉の水できれいに洗ったところ、すぐに体からは光彩を放ち、周囲の鳥と獣が一斉に踊りだし、天地は鳴動して、太陽と月も例になくひときわ明るく照らすのであった。 「この子は、天が私 [...]…
遠い昔、辰韓(慶州地方)には閼川楊山村、突山高墟村、茂山大樹村、觜山珍支村、金山加利村、明活山高耶村など6つの村があった。 この村に住む人々は皆、自分たちの祖先が常人ではなく、天から降りてきたと考えた [...]…
「福祉」に熱心な王妃/世紀安東金氏の世道政治を開く 憲宗、哲宗、二代に渡り摂政政治 純元(スンウォン)王后金氏(1789~1857)は憲宗、哲宗と二代に渡り垂簾聽政(皇帝が幼い場合、皇后・皇太后のよう [...]…
「播州平野」に登場する朝鮮人は、解放と帰郷の歓喜に満ちた、ひたすら明るい姿として描かれている。無論それらは解放直後実際に多く見られた事実だったには違いない。だがあくまでも主人公ひろ子の心象内部において [...]…
「播州平野」に登場する朝鮮人は、解放と帰郷の歓喜に満ちた、ひたすら明るい姿として描かれている。無論それらは解放直後実際に多く見られた事実だったには違いない。だがあくまでも主人公ひろ子の心象内部において [...]…
新羅軍は、自分たちの陣地に飛び込んできたその兵士をその白馬に乗せて百済軍陣地に送った。 百済の軍士たちが、その屍を馬から陣幕の前に厳かに降ろした時、階伯も兵士たちも一瞬、茫然自失した。それはか弱い女性 [...]…
朝鮮学校の教科書・教材② 教科書編纂活動の第2段階は1946年2月から翌年1月までの時期である。 46年に入り祖国の政情不安、当局による持ち帰り財産の制限などさまざまな事情が重なり、在日同胞は日本残留 [...]…