東京へ単身赴任して5カ月。エスカレーターの立ち位置(大阪は右側、関東圏は左側)や迷路のような鉄道路線図への戸惑いは薄れてきたが、どうしても慣れないのは一人暮らしだ。3人の子どもたち、とりわけ1歳になっ [...]…
家を一歩出ると、十軒の家に囲まれた急坂の袋小路である。足こぎの小さな車を持って20メートル程のその坂を駆け上がって車にまたがり、猛スピードで滑り降りることが、幼い頃サンホのお気に入りの遊びだった。真冬 [...]…
1年前の夕方、下の2人を連れて車でどこかへ行った帰り道に交差点で信号待ちをしていた。すると、手前の駅の方から線路沿いの道を歩いてくるチユニが見えた。チマ・チョゴリの上に紺色の体操服を着て、無意味に重い [...]…
「韓国併合」から100年。そして分断。私たちにとって決して忘れてはならない大切な事実。 それは、植民地支配からの解放と独立という1945年以後の朝鮮現代史が、解放された朝鮮の側が連合国によって分断され [...]…
今年、「植民地支配責任を問う」(本紙にても紹介)という小冊子が、若い在日朝鮮人有志らの手によって発行され、息の長い評価を博している。そのおもしろさは、植民地支配の問題を、一つの結果論の次元のみならず、 [...]…
サンホとミリョンは初級学校まで、徒歩、電車、徒歩、チユニは中級学校まで自転車、電車、自転車という方法でそれぞれ1時間以上かかる。帰り道は空腹とのたたかいだ。…
小さい頃から新幹線に乗らない夏は1度もなかった。京都出身の両親は、仕事のため埼玉に居を構えたが、埼玉に親せきは一人もいない。子どもの頃の夏休みは新幹線に乗って、祖父母や親せきに会ったり、嵐山で泳いだり [...]…
私は「在日」という言葉が本当に嫌だ。この言葉がなければ、もっと真っ直ぐに生きられるだろうにと。かつて、朝鮮人のことを蔑んで「朝鮮」と呼びつけてきた、朝鮮人に対する「非人間化」の言葉が重なる。事態はもっ [...]…
サンホは幼稚園で、トンムたちと共にボールを蹴り始めた。休み時間、狭い校庭はサッカーやドッジボールや一輪車に興じる子どもたちであふれかえる。空間と子どもが同じ量で混沌としている。低学年の頃、同じ所で2重 [...]…