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〈取材ノート〉表現する尊さ

通勤中、電車の中でサラリーマンが読む新聞に目がいき、自然と見出しの文字を追っていた。このごく自然な工程が、ある人々にとっては不自由を伴う行為であるということに、最近気づかされた。並べられた活字が意味のない模様に見えないのは、日本語や朝鮮語という文字を学ぶ機会があったから。今の私たちにとってはごく「当たり前」の文字を学ぶこと、1世のハルモニたちは、その「当たり前」にやっと笑い涙していた。

2月、ハルモニたちが通う識字学級での営みが書籍化され、編著者インタビューをした際のことだった。

「いまの国民国家では文字を綴ること、読むことで、社会的役割を果たす間口にたつ」。編著者の一人がはなったその言葉は、これまで目を凝らすことのなかった事実を突きつけたように思う。

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