Facebook

SNSで共有

“最後までたたかって”/不屈のサバイバー・金福童さんのメッセージ

南北が統一して戦争のない国になり、われわれの子孫が安心して暮らすことが私の願いです――

生前の金福童さん(連合ニュース)

日本軍性奴隷制被害者であり人権運動家の金福童さんが1月28日、死去した。享年93。想像を絶する性暴力によって心身に深い傷を負いながらも、被害者の尊厳と女性の人権回復のため身を投じ、最期の瞬間まで死力を尽くした。活動、功績は多大で、その生涯を振り返るのは容易くない。限られた紙幅で網羅的に伝えるのは困難であるが、金さんが生前に残した数多のメッセージと共に振り返ってみたい。(金淑美)

「私たちの英雄」

金福童さんが長い沈黙を破り、人権運動家として活動を開始したのは1992年3月。故・金学順さんが南朝鮮で初めて自身の被害を告発(91年8月14日)して間もない頃だ。同年8月、ソウルで行われた日本軍性奴隷制問題解決のための第1回アジア連帯会議で初めて公の場で証言した。

26年4月、慶尚北道梁山に6人姉妹の4女として生まれた。満14歳のある日、家にやってきた区長と班長、日本人に「挺身隊に行け」と脅され、日本軍「慰安婦」として連行。中国・広東、香港、マレーシア、インドネシア、 シンガポールなど、まさに日本軍の侵略経路に従って戦地を引きずり回された。45年、シンガポールで日本軍の陸軍病院で看護士とされた末、米軍捕虜収容所に収監。47年、22歳で8年ぶりに帰郷した。

最初は血が出て歩くのもままならなかった。薬を塗って治療して、少し良くなったらまたさせられて。長い間それを繰り返していたから麻痺してしまった。感覚がないんだよ。体を洗う時に触ってみても感覚がない-14年2月22日付、ハンギョレ

旧日本軍の蛮行を、国連人権理事会、米国、英国、ドイツ、ノルウェー、日本など世界各国で告発。日本軍性奴隷制の解決にとどまらず、世界各地の紛争地域で現在も続く戦時性暴力の根絶を訴えた。「もう二度と自分のような被害者を生まないために」との思いからだ。

私も日本軍『慰安婦』被害者だけど、だから今も毎週水曜がくると日本大使館前に立って私たちの名誉と人権を回復しろとたたかいつづけているけれど、今、世界各地で私たちのように戦時性暴力の被害に遭っている女性たちがどれほど苦しいか、私はあまりにもよく知っている。だから彼女たちを支えたいのです-12年3月、「ナビ基金」設立の記者会見で

私も日本軍によって『慰安婦』の被害を負ったが、ベトナム戦争で韓国軍による性暴力被害を受けた女性たちに韓国民として謝罪を申し上げる。あなたたちが生きている間、生活に不便がないよう一生懸命「ナビ基金」を集めて支援します-14年3月、ベトナム戦争で性暴力被害を受けた女性たちに送る謝罪と連帯のメッセージ

*************************************

※この続きは会員になれば閲覧できるようになります。

 会員の方は、右か下にある「ログイン」項目にてログインしてください。

 会員登録ご希望の方は、「新規会員登録」にてご登録をお願いします。

 大変申し訳ございませんが、2013年4月20日までに会員登録をしていただいた方も、再度ご登録をお願いいたします。

 パスワードを忘れた場合、「会員パスワード紛失窓口フォーム」をご覧ください。

*************************************

로그인(ログイン)