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一人でも立派な朝鮮人を育てたい/日本軍性奴隷制被害者、金福童さんに聞く

「戦争と女性人権博物館」内にある展示《우리 아이들은 평화로운 세상에서 살아야 합니다》(私たちの子どもたちは平和な世の中で生きなければいけません)

「悔しくてたまらない。青春を返しておくれ」「私が生きた証拠なのに、日本政府はなぜ証拠がないというのですか?」「たった一言でもいいから、心のこもった謝罪の言葉を聞きたい」

日本軍性奴隷制被害者たちの歴史を記憶し問題解決のために、市民団体「正義記憶連帯」によって設立された「戦争と女性人権博物館」の館内には、被害をうけた生存者たちの声がまるでじかに聞こえてくるような展示が、至るところに施されている。

依然として正確な犠牲者数さえ不明のまま、過ぎゆく時間とともに歴史の闇に葬り去られていった多くの被害者たち。その心と体に刻まれた傷は、たとえ謝罪や賠償が行われたとしても、決して癒えることはない。

“私も朝鮮人だから”

金福童さん(撮影=盧琴順)

2日、「正義記憶連帯」の尹美香理事長とももに闘病中の金福童さん(92)に会うため、ソウル市内にある「平和のわが家」を訪ねた。病床で、体を起こし迎えてくれた温かなハルモニの目、手、顔は今もこの目に焼きついている。

金さんは、1941年、日本軍「慰安婦」として連行され、5年ものあいだ日本軍の性奴隷を強いられた。1947年、南朝鮮に帰国して以降は、人権運動家として日本をはじめ各国を渡り歩き、自身の体験を証言しながら平和の必要性について強く訴えてきた。

一方で14年には、異国で暮らす同胞たちと共にありたいと初めて朝鮮大学校を訪問。最近では朝鮮学校を支援するため、自身の生活資金をはたき「金福童の希望」基金を通じ5000万ウォンを寄付し、それが朝鮮学校の無償化裁判を支援する「ホン・ギルトン基金」に伝達された。

尹美香理事長によれば、金さんは最近「会う人会う人に朝鮮学校の話をする」という。この日、金さんを前に、なぜ朝鮮学校の子どもたちの力になりたいと思うのかと尋ねると、こう返事が返ってきた。

「조선사람이니까. 동족끼리 라는것, 한 조선사람이라는것을 피부로 느꼈다고. 조선사람 아니면 이렇게 할수가 없다.(私も朝鮮人だから。同じ民族、同じ朝鮮人だと肌で感じた。朝鮮人じゃなかったらここまでしない)」。

そして金さんは続けた。

「第2次大戦のとき、当時の青年たちは日本の名前を強いられ『完全な日本人』を強いられた。同胞たちはその時と変わらずいまも日本政府から差別にあっている。朝鮮学校は朝鮮人が協力しなきゃだれが協力するんだ。一人でも立派な朝鮮人を育てたい。朝鮮学校を守り、頼もしい次世代たちが生まれること、それは皆さんの団結する力にかかっている」

闘病中にも関わらず金さんが放った強いメッセージに、訪ねた記者たちはみな、ボロボロと涙を流した

根っこは一緒

「戦争と女性人権博物館」には、日本軍性奴隷制問題解決のために共に闘った北南の被害者たちの活動についても展示されている。

20数年間、被害者たちとともに闘ってきた尹美香理事長は、金さんの言葉を聞きながら「戦時中の日本軍による性奴隷制問題、日本社会における朝鮮学校差別、根っこは一緒だ。ハルモニはそのことをわかっている」と指摘した。

現在、日本軍性奴隷制問題について、日本政府は「先の大戦に係る賠償や財産、請求権の問題は法的に解決済み」と公式立場を明らかにし、15年12月28日の南・日外相会談でも「最終的かつ不可逆的」に解決したとして、国内外からの批判の声を無視し続けている。

また安倍政権のもと、右傾化をたどる議員や閣僚たちの口からは、戦時中、日本の植民地下で被害を受けた国々に対して「反省と心からのお詫び」を済ませたという妄言が繰り返され、外務省HPに至っては「戦争とは何ら関わりのない、将来の世代が、謝罪を続けねばならないような状況を作ってはなりません」とあるべき歴史教育を放棄したともとれる姿勢が垣間見える。

金さんは、昨今の安倍政権の対応について、「過ちを省みることもできないなんて話にならない。人間らしい行いをしてくれ」と強く非難の声を浴びせた。

先月21日、南政府は、被害者たちの意思が反映されていない南・日「合意」に基づき発足された和解・癒やし財団の解散を決定した。国際社会の批判の目は、すでに日本政府に向いている。

いま一度考えたい。日本の植民地に端を発し今日まで再生産される被害の解決とは一体、何なのか。

金さんはいう。

「南北が統一し、戦争のない平和な世界をつくるために、皆が努力してみるのはどうですか? たとえ苦しくてもできないことなんてないんです」

(韓賢珠)