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祖国と共に歩み続けた70年/女性同盟東京・荒川支部 金玉善さん

看護師、初代教員、活動家に

いつも鞄の中に子や孫の写真を持ち歩いていると話す金さん

東京都荒川区で暮らす金玉善さん(93)は、1925年済州島南郡大静面で生まれた。

物心がつくようになると、玉善さんは勉強がしたいと思うようになるが、当時は「女が勉強すると生意気になる」と言われていた時代。容易にその願いが叶うことはなかった。

村にある普通学校は1校のみ。オモニが夫と義母を説得し「学費と着る物は母親が用意する」ことを条件に、ようやく入学が承諾された。飴玉6つが1銭、1ヵ月の月謝は50銭だったという。

玉善さんが通ったのは、日本へ留学していた叔父が帰国して建てた分校だった。子どもたちは日中学校で「アイウエオ」を学んだが、放課後には日本人に隠れて朝鮮の文字を教わった。

「6年生の時のクラスメイトは30人。そのうち女は5人だった」と玉善さんは回想する。5人のうち3人は、さらに上の学校へと進学したが、玉善さんは「行きたくても行けなかった。仕方なく、オモニを手伝い、妹の面倒を見た」と話す。

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