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〈取材ノート〉「加害者」意識の欠如

「長く生きても、辛い…戦争責任のことを言われる」

「戦後の復興から今日の発展をみれば、もう過去の歴史の一こまに過ぎない。お気になさることはない」

8月末、晩年の昭和天皇と側近のやりとりを記した日記が見つかった。日本の大手メディアは「心奥に触れる価値のある日記」「人間としての天皇の苦悩」と大々的に報じた。

「戦争責任のことを言われる」――戦争責任と向き合わず、逃げた者の厚顔無恥な一言。この発言を天皇があたかも戦争責任を感じていたかのように美化するメディア。ここに、戦後から現在まで通ずる日本の加害者意識の欠如を見る。

中国侵略、対米英決戦決定。戦争政策の絶対的な中枢として侵略戦争の拡大に関与した天皇。戦争末期には、無謀な戦争の継続により、多くの命を奪い、その責任は米国の覇権戦略の中でうやむやとなった。

今年、8月15日に行われた戦没者追悼式では、安倍首相が6年連続、アジア諸国への加害責任に言及せず、靖国神社に玉串料を奉納。テレビや新聞の「終戦」特集からは、日本の侵略戦争によって犠牲となった「被害者」の存在が抜け落ちた。戦争の実相をひた隠した戦後は、「強制連行はなかった」「慰安婦はねつ造」という「加害者」と「被害者」のすり替えを容認する。

この夏、取材を通して、松代大本営工事に動員された朝鮮人2600人名簿の存在を知った。国体護持と戦争遂行のため動員された朝鮮人7千人のうち、犠牲者数は不明。「創氏改名」の日本名で書かれた名簿をなぞり、戦争に翻弄された彼らの生を思った。

「日本の中から歴史を見るのではない。被害を受けた側を理解することから歴史の核心が見えてくる」。戦争を体験したある日本人の言葉だ。

隣国の脅威を煽り、軍備を拡大し、憲法改正をめざす現政権。侵略戦争へと突き進んだ過去の国家体制をしっかりと検証する姿勢が今、求められている。

(宥)