Facebook

SNSで共有

李明博政権下、放送掌握の実態暴く/映画「共犯者たち」

“ジャーナリストと市民の連帯”

南朝鮮のドキュメンタリー映画「共犯者たち」(2017、105分)の上映会及びシンポジウムが10日、立教大学で行われ、約420人の市民が参加した。上映後には、同作を手掛けた崔承浩監督の舞台あいさつも行われた。

 26万人を動員

南朝鮮で26万人の観客を動員し、ドキュメンタリー映画史上、異例の大ヒットとなった映画「共犯者たち」。

映画中、李明博元大統領に崔承浩監督が「ジャーナリズムをダメにした破壊者だという批判をどう思いますか」と尋ねるシーン(前列右、崔承浩監督提供)

李明博政権下、08年の米国産牛肉輸入問題報道により、政権が大打撃を受けたことで、本格的な言論統制がはじまる。李明博元大統領は、まず公共放送であるKBSに警察を投入。記者やPD(プロデューサー)の反対をよそに、社長を解任し、天下り人事を実施。放送を掌握しようとする。一方、2010年に「四大河川水深六メートルの秘密」の実態を告発した公営放送MBCもトップが入れ替えられ、天下り社長が就任すると同時に、200人余りのPD、記者、アナウンサーらが解雇される。

調査報道チームは解散を余儀なくされ、権力に掌握された放送は、「権力の広報室」と化す。朴槿恵政権下で起こった14年のセウォル号惨事では、事故を矮小化したい政府の意向が働き「全員救助」という誤報が垂れ流され、その後、朴槿恵―崔順実ゲートが発覚した際にも、真相を覆い隠す偏向報道が続く。

映画では、保守政権下で、公共放送を破壊した「主犯」である李明博と、権力と手を組んだ放送業界の「共犯者」たちをMBC解雇記者である崔承浩監督が追いかけ、カメラの前に立たせる。一方、言論統制に抵抗し、不条理な解雇・懲戒処分を受けた記者たちの声も鮮明に伝えられる。

南社会で積弊清算を求めるキャンドル革命が拡散する中、市民たちから「キレギ」(記者とゴミ(スレギ)を合わせた造語)と激しい批判を浴びせられたKBS、MBCの社員たちは、権力に掌握された放送を、市民のための放送へと戻すため、長期ストライキを行う。

2017年12月、崔承浩監督はMBCの社長に就任。KBSでも労組のストが勝利をおさめ、新たな社長が就任した。言論の自由を求め抗い続けた記者たちの闘いは、奇跡の大逆転劇で帰結する。

 抗った日々振り返り

崔承浩監督

上映終了後、あいさつに立った崔監督は南のジャーナリストが権力に屈することなく闘いつづけ、放送の自由を勝ち取ることのできた背景について、「市民の支援」と「ジャーナリストの連帯」の二つの力が作用したと語る。

「映画を撮ろうと決心したのは、朴槿恵の弾劾を求めるキャンドル革命の最中だった。デモの現場を取材するKBS、MBCの記者らに向かって『キレギ』『帰れ』と批判を浴びせる市民の姿に、これからKBSやMBCは忘れられた存在になるのではないかという危機感を感じた。放送は破壊されたが、両社には依然として正しいジャーナリズムを追及する人たちがいる。ジャーナリストたちにもう一度チャンスを与えてほしいと、映画を通して訴えたかった」

崔監督は、軍事独裁政権の下、徹底的に統制されていた言論に、87年の民主化が初めて自由をもたらしてくれたこと、その後、保守政権の弾圧により、再度、その自由を手放すことになった過程についてふれながら、「ジャーナリストだけで言論を守り抜くのではない。ジャーナリストと市民の間の絶え間ない対話と連帯が、よいジャーナリズムを生む」と強調した。

「ニュース打破」記者の金京来さん

一方、保守政権下で弾圧を受け、解雇された記者やPDたちが立ち上げた調査報道メディア「ニュース打破」の記者である金京来さんもあいさつに立った。

元KBSの記者である金さんは「保守政権の言論弾圧の下、取材らしい取材はできなかった。出社すると同時に、ピケットを持ってデモを行う日々に、報道が壊れていく様をこのまま見ているだけでいいのか。新たな報道の在り方を模索するべきではないか」と危機感を持ち、「ニュース打破」に合流したと当時を振りかえった。

そして、映画「共犯者」は、10年間もの間、苦しみと困難を味わったジャーナリストが勝利を手にする過程を記録した映画であるが、いまだジャーナリズムは真の勝利を手にするには至っていないと指摘する。

「10年間、報道が壊れていく中で、私たちはあまりにも多くのものを失ってしまった。その中でも、とくに大きかったのが、市民から寄せられる信頼だった。市民の信頼を取り戻すためにも、絶えず、記録し、残していくことが引き続き必要だと感じる」

金さんは、ジャーナリストは自分の目で見て、聞き、価値のあるものを生産していくことが第一だとしながら「権力が嫌がろうとも、人々の利益になり、それが真実であると私が思うのであれば、絶えず取材し、調査、発信しなくてはならない。それがジャーナリストの職業倫理である」と語った。

(金宥羅)