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〈愛舜の本音トーク その21〉さあ、行きましょうか

3月中旬、年長児だった娘が通っている図工教室で「木」というテーマで自由画を描いたときのこと。娘が描いた絵を見ると、満開の桜の樹の下で、ランドセルを背負った20人くらいの子どもたちがニコニコと笑っていました。教室の先生に「とっても楽しそうに描いていましたよ。小学校に入るのが本当に楽しみなんですね」と言われたとき……私は泣きました。私、親としてとんでもない間違いをしているのでは?と思ったから。

娘が入るハッキョの1年生は、男女2人ずつの全部で4人。少ないですよね。いろんなお友だちとワイワイ遊ぶのが好きな娘だから、この絵を見たとき、「この子、本当は大人数のところで賑やかに過ごしたいんじゃないか、人数が少ないハッキョに入れるのは親のエゴなんじゃないか……」そんな思いがこみ上げてきたんです。

一方で。平昌オリンピックの開会式。まだよくわからないだろうな~と思いながら子どもたちと一緒にテレビで観ていたら、予想に反して子どもたちは「わ、チャンゴだ!」「ウリマルがある!」と、ものすごい食いつきを見せたのです。その時、思いました。民族教育万歳!と。

それから、怒涛のように南北首脳会談、米朝首脳会談の開催が決まって……今私が感じているのは、「この子たちはきっと、日本では生きていかないんだろうな」ということ。私が大学卒業後に就職するための上京したように、この子たちもあっさりと海外に出ていくんだろうな。本当に、「大阪から東京に」くらいの感覚で、「就職でニューヨーク行くね」って、羽ばたいていくんだろうなと。

そんな時代を生きていくだろうこの子たちに必要なものは何かと考えると、それはきっと、「自分が自分であることを肯定できる力」なんですよね。それを育める環境はどこだろうと考えたら、やっぱりウリハッキョ一択でした。歴史的存在として生まれてきたことをありのままに受け止めてもらいながら、「私はチョソンサラム」と堂々と言えるための力を身に着けていける場所だから。

今月の原稿、当初全然違うことを書こうと思っていたのですが、急遽変更しました。書かずにはいられませんでした。だって今日は、4月27日。私たちの新しい歴史が始まった日です。さあ、行きましょうか。未来へ。  (洪愛舜 編集者、ライター)